86 森の封鎖
封じる、という行為には、妙な後ろめたさがつきまとう。
それがたとえ命を守るためでも、理屈では正しくても、物理的に「立ち入り禁止」と看板を立てた瞬間、人はそれがまるで“心のどこか”を封じたような気分になる。
というわけで、この村、もとい街は――ついに“森を閉じた”。
正確には、時間加速の森への“出入りを禁止”することになったのだ。封鎖。バリケード。立札。結界。名称はいろいろあるが、要するに「もう入るな」ということである。
発端は、子どもたちの異常な成長と、老人たちの異常な老化だった。
「このままだと、命の速度が壊れる」と医者が言い、
「教育が追いつかない」と教育者が言い、
「街の空間がゆがんできている」とセリアが言った。
そうして、いろんな人間がいろんな立場からいろんな理屈を振りかざした結果、俺が半ば押し切られる形で、森の封鎖に踏み切ることになった。俺は一応、この街のまとめ役みたいな顔をしているが、実際のところは、常に後手である。
結界の設置作業は、妙に盛り上がっていた。
魔素の流れを測るエリス、石材を並べるゴロウ、浮遊牛用のネットを流用しようとする誰か、そして「結界って味します?」と真顔で尋ねてくるウサギ族の子ども。
「しません」と俺は答えた。
封鎖地点は、街の北端。そこには、森へと続く小径が一本だけ伸びていた。その入り口に、俺たちは魔素結晶を並べ、石を積み、立札を立てた。
その立札には、こう書かれている。
「この先、時間の流れに歪みあり。立ち入りを禁ず。命はここまで」
……いや、最後の一文が重すぎないか?
俺が文句を言おうとしたとき、隣にいたセリアがポツリと言った。
「でも、それが本音でしょ。“命はここまで”って」
たしかにそうだった。あの森に入れば、命は流れすぎる。速すぎる。街の時間とは違う速度で、生まれ、育ち、老いる。誰も追いつけない速度で、命が過ぎていく。
だから閉じた。だが――
「ねえ、おにいちゃん」
封鎖の日の夕方、小さなウサギ族の少女が、俺の服をつかんできた。
「森に、行っちゃだめなの?」
「うん。いまは、行っちゃだめなんだ」
「でも……おとうさん、森にいるんだよ?」
俺は、返す言葉がなかった。
それは、街の誰もが知っていたことだった。加速の森には、まだ“誰か”がいる。帰ってこなかった者。森を選んだ者。あるいは、戻れなくなった者。
封鎖は、そういう人たちを“見捨てる”ということでもある。
夜、境界に立ち、俺は遠くを見た。森はいつも通り、静かで、揺れていた。風の音がして、葉のざわめきがして、どこかで小さな獣の鳴き声がしていた。
それは、命の音だった。
「封じるってのは、ほんとに守ることなのか……?」
俺のつぶやきに、答える者はいなかった。
風が、ただ、通り抜けていった。結界を越えて。時間を越えて。命の、向こう側から。




