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85 医療技術の強化

 人はなぜ老いるのか。


 という、深遠かつ哲学的な命題に俺が向き合うことになるとは、異世界に流れ着いた当初の俺は夢にも思っていなかった。そもそも、流れ着いた最初の夜などは「火が起きない」「水が美味い」「ウサギに喋りかけられた」といった、どちらかといえば生活面のほうに意識が向いていたのである。


 だが今や――


 「おじいちゃーん!うごいちゃダメだよー!」「わしはまだ働けるのじゃあー!」


 街の広場には、ウサギ族の若長老が車輪付きの椅子で暴走するという、老いと闘志のミスマッチな光景が繰り広げられている。隣ではリュナが「ストップストップ!鍋に突っ込まないで!」と叫んでおり、その奥ではエリスが静かに「風よ、抑えて」と精霊に命じていた。


 この村、いやこの街に今求められているのは、もはや魔法でも建築でも教育でもない。


 ――医療だ。


 この奇妙な命のサイクルにまともに対処できる体制が、今、切実に必要なのである。


 「というわけで、ついにこの私の出番だな」


 と、満を持して登場したのが、あの医者である。痩せぎす、白髪交じり、医療布のような何かをマント風にまとった男。しかも自己紹介が毎回、


 「元・王国侍医。漂流によって現在、無所属。」


 というのが、いちいち自意識過剰である。


 だが、彼の手際は確かだった。


 「脈、よし。目、よし。尻尾のふるえ、異常」


 「尻尾?」「このウサギ族は、尾の温度で体調が測れる。興味深い」


 まるで尻尾に全知を見いだした錬金術師のような目で患者を眺め、時折メモを取りながら呟く。


 「この村……いや、街は異常だ。老化と成長が同時に進行している。しかも、それが加速している。まるで、魔素が時間の回転数を無理やり上げているような……」


 俺は、先日時間加速の森で見た草花の爆速成長を思い出した。あれが人体に適用されたら――いや、すでにされているからこそ、今この混沌があるのだ。


 「というわけで、診療所を作ろう」


 医者が言った。


 「うん、簡単に言うな。どこに?」


 「この広場の角がいい。日当たりがよく、子どもも老人も通いやすい。あと、朝市の匂いが程よく漂ってくるのが、治癒力を高める(かもしれない)」


 「“かもしれない”で話進めるな」


 だが、街の民は、思いのほか好意的だった。「痛み止めがあるの?」「足がねじれたとき、相談できるの?」といった切実な声が次々と上がり、設立は即決となった。


 木材はゴロウが出し、石材は元・建築技術者の漂流者が調達し、俺はセリアに「魔素の流れを落ち着かせる結晶の埋設」を依頼。三日後には小さな、しかし清潔感のある“医療小屋”が完成した。


 診療所には、薬草園も併設された。


 森の奥に自生していた「舐めると記憶が戻るかもしれない草」や、「痛みを半分にするが眠気が倍になる茸」などが次々と医者によって分類され、干され、粉にされ、何やら本気で怪しいラベルが貼られ始めた。


 「この瓶、何ですか?」「これは“精神のしっぽ”だ」「命名センスどうなってんの」


 俺が呆れていると、ルナがひょこっと現れて言った。


 「ここ、ルナのおばあちゃん、さっき“ぴこーん!”って音して倒れたとこ!」


 「擬音で言うな。あと“ぴこーん”ってなんだ」


 医者はそれを聞くなり、「それは! 一時的魔素過剰による神経閃光現象では!」と叫びながら走っていった。完全に楽しんでいる。異世界医療の開拓に対して、彼はもはやオタクである。


 しかし、確かに成果は出ていた。


 老化の進行を一時的に抑えるハーブ茶が完成し、痛み止めの軟膏が普及し、診療所には“静けさ”と“希望”のような空気が流れ始めた。


 エリスは小声で言った。


 「……やっと、“命をつなぐ”技術が、ここにも来たのかもしれないわね」


 俺は頷いた。


 医療とは、異世界においても最後の砦なのだ。


 すべてが進みすぎるこの街で、“ちゃんと老いて、ちゃんと癒える”という、たったそれだけのことが、どれほど貴重で、難しいか。


 俺は、診療所の扉に貼られた紙切れを見た。


 そこには、こう書かれていた。


 「今日の処方:あせらず、うけとめること」


 この街のすべての命に、今日もおだやかな風が吹きますように。

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