8 保存食の確保
槍とナイフを手に入れた俺は、狩猟にも慣れ始めていた。とはいえ、狩りとは体力を消耗する行為であり、いつまでも毎回全力疾走して六本足ウサギ(仮)を追いかけるわけにはいかない。文明がないなら、文明を作るしかない。
そこで俺は、干し肉を作ることにした。
異世界に放り込まれた以上、食料の確保は最優先事項である。生肉のままではすぐに腐ってしまうし、毎回狩りに出るのは面倒すぎる。だったら、保存食を作るしかない。
まずは、昨夜仕留めた六本足ウサギ(仮)の肉を薄く切り、木の枝にかけて乾燥させる。こうしておけば、いずれ異世界版のジャーキーが完成するはずだ。
しかし──
──ピクッ。
「……ん?」
ナイフを持つ手が一瞬止まった。
切り取ったばかりの肉片が、ほんのわずかに動いたのだ。
「……おいおい、気のせいか?」
そんなはずはない。見間違いだろうと思いながらも、今度はしっかりと肉を観察する。
──ピクッ、ピクッ。
「いや、気のせいじゃない!」
肉が、蠢いている。
生きているわけではない。脈打つでもなく、呼吸をするでもなく、ただ、わずかに震えるように動いている。
「……なんだこれは」
異世界の肉には何かしらの未知の性質があるのだろうか?
このまま干しても、まともな干し肉にならない可能性がある。だが、どうすれば動きを止められる? いや、そもそもなぜ肉が動く?
考えていても仕方ないので、試しに火のそばに置いてみることにした。
焚き火の近くにそっと肉を並べる。
すると──
──ボワァッ。
一瞬、肉が淡く発光した。
「お、おお……?」
青白い光が肉の表面を滑るように走り、ほんの一瞬、柔らかな燐光を放った。
そして、次の瞬間──
ピクリとも動かなくなった。
それどころか、目に見えて変化が起こった。肉の表面が、まるで長時間乾燥させたかのように締まり、しっとりとした艶を帯びている。指で押してみると、やや弾力があり、それでいてしっかりとした固さもある。
つまり、これは──
「異世界版の干し肉……完成?」
俺は慎重に一切れを口に運んだ。
──噛む。
──ジュワッ。
「……うまい!」
普通の干し肉とは違う。旨味が凝縮され、噛むたびに肉の風味が口いっぱいに広がる。味付けなしでも十分美味い。そして、何より驚くべきことに──
「……これ、全然腐る気配がない」
異世界の肉は、生のままだと動くが、火の近くで熱を受けると発光し、その後は完全に保存状態になるらしい。火を通さずとも、火の「気配」によって変質する。
「……これはすごい発見かもしれん」
これがあれば、食料の保存問題は大きく改善する。狩った肉をすべて焚き火のそばで処理すれば、しばらくの間、食糧に困ることはない。
俺は調子に乗って、他の肉も次々に火のそばに並べていった。
──ボワァッ。
肉は光る。
──ピタリ。
肉は動きを止める。
俺はしばらく、その奇妙な現象を繰り返し観察していたが、やがてこの保存方法にはいくつかの条件があることに気がついた。
まず、火が強すぎるとただの焼き肉になる。表面が焦げると、光ることなくそのまま焼けてしまう。
次に、火からあまりに遠いと変化が起こらない。一定の距離内でなければならないようだ。
そして、最も重要なことは、一度この処理を施した肉は、それ以降まったく腐敗しない。
「……異世界の法則、よくわからんな」
だが、よくわからなくても、使えるものは使うしかない。
こうして、異世界における最初の「保存食」が誕生した。
俺は焚き火のそばにできた干し肉の山を見つめながら、改めて異世界の理を思う。
──この世界は、俺の知る世界とはまったく異なる法則で動いている。
そして、それを解き明かすことができれば、もっと快適な生活ができるはずだ。
「……次は何を作ろうか?」
俺は槍を肩に担ぎながら、満足げに干し肉をひとつかじった。