75 飛行魔獣の生態
異世界に転生して以来、空を飛ぶ巨大な影を見たのは初めてだった。
もちろん、現代の飛行機やドローンを知る身としては、空を飛ぶもの自体に驚くことはない。だが、この世界にはジェットエンジンもプロペラもない。翼を持つ生物が、どうやって巨大な体を支え、自由自在に飛翔するのか、それはこの世界の魔素に絡む謎だった。
「ねえねえ! ルナも飛びたい!」
隣で、ウサギ獣人の少女・ルナが耳をぴょこぴょこと動かしながら、まるで子供のように目を輝かせていた。
「飛行魔獣の生態を調査しようって話をしてるんだ。お前が飛ぶ計画じゃない」
「でも、ルナも空をぴょーんって飛びたい!」
「お前の『ぴょーん』の延長線上に飛行はない」
地面を跳ね回るのと、悠々と空を舞うのでは話が違う。俺がそう言うと、ルナはむっと頬を膨らませた。
「じゃあ、ルナも魔素を感じて飛べばいいんじゃない?」
「……いや、そういう問題か?」
俺は困惑しつつも、ルナの言葉にひっかかるものを感じた。
魔素を感じて飛ぶ。
そう、前回俺たちが目撃した飛行魔獣は、魔素結晶の共鳴に影響を与え、まるで魔素の流れに沿って移動しているようだった。
そして、過去に調査した痕跡からも、魔素を吸収するかのような現象が確認されている。
つまり、魔素は飛行に何らかの形で関与しているのではないか?
「エリス、お前の精霊魔法で魔素の流れを視覚化できないか?」
俺はエリスに声をかけた。
エルフの精霊使いである彼女は、自然界の魔素の流れを感じ取る能力を持っている。
エリスはしばらく目を閉じ、静かに息を整えた。
「……風よ、導いて」
彼女の声が響くと、空気がわずかに震えた。
そして、次の瞬間――
「うわっ……」
俺たちの目の前に、淡い青い光の筋が浮かび上がった。
それは、まるで川の流れのように空中を漂い、一定の方向へと流れていた。
「これは……」
「魔素の流れよ」
エリスが静かに言う。
「見て、空に向かって流れてるでしょう? つまり、魔素は地上から上昇していってるの」
俺はそれを見つめながら、考えた。
もし、この魔素の流れが飛行魔獣と関係しているなら――
「やっぱり、こいつらは魔素を感じ取って、それを利用して飛んでるのか……?」
エリスは頷いた。
「たぶん、魔素を吸収することで、体を軽くしたり、浮遊する力を得ているのかもしれないわ」
「それってつまり……ルナも飛べる?」
会話の流れを聞いていたルナが、またもや目を輝かせる。
「いや、お前はウサギ獣人なんだから無理だろ」
「えー! ルナも魔素を吸って、ぴょーんっていけるかも!」
そう言うや否や、ルナはその場で思い切りジャンプした。
ぴょーん!!
「うおっ!? 本当に高い!?」
驚いた。
ルナの跳躍は明らかに常識を逸脱していた。
数メートルは軽く飛び上がり、俺たちの頭上を跳び越えて、ぴたりと着地した。
「……お前、魔素に干渉できるのか?」
「んー? なんかフワッとした感じした!」
エリスが目を細め、慎重にルナを観察する。
「……もしかすると、ウサギ族も魔素を感じ取る能力があるのかもしれないわね」
「え、じゃあルナも飛行魔獣みたいに空を飛べる?」
「そこまでは無理よ!」
エリスが慌てて否定する。
だが、確かにこの異世界の魔素は、生命体に影響を与えることがわかっている。
飛行魔獣は魔素を利用して空を飛び、ウサギ族は魔素を利用して跳躍力を向上させる――そういう生態系が成り立っているのかもしれない。
「つまり、もし俺たちが魔素の流れを制御できたら……?」
「飛行魔獣との共存も、利用も可能になるかもしれないわね」
エリスが真剣な顔で答えた。
俺は空を見上げた。
巨大な影は、今日も村の上空を旋回していた。
魔素の流れを利用して飛ぶ存在――。
もし、それをコントロールできれば、この異世界の空は、俺たちのものになるかもしれない。
「……実験するしかないな」
俺たちは、新たな研究を開始することを決めた。
魔素と飛行の関係を探り、飛行魔獣との共存、そしてさらなる進化の可能性を求めて――。




