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74 地下水脈

 異世界において、温泉というものはただの湯ではない。


 それは、戦いに疲れた者の傷を癒やし、農作業に励む者の筋肉をほぐし、そして、俺のような異世界転生者の心を満たす、まさしく文明の粋である。


 そして今、俺はその温泉を求めて地下を掘っている。


 「ねえ、これってまた温泉を掘り当てようとしてるの?」


 エリスが、少し呆れたような口調で俺を見た。


 彼女は精霊と交信できる異世界のエルフであり、魔素の流れを感知する能力を持っている。こうした調査にはうってつけの存在だ。


 「温泉を狙って掘ってるわけじゃない。地下水脈を調べてるだけだ」


 「でも、掘りながら『温泉こい』って念じてなかった?」


 「…………まあ、多少はな」


 俺たちの村の水資源をもっと効率的に利用するため、地下水の流れを調査していたのだが、内心では「新しい温泉が出たらラッキー」と思っていたのは否定できない。


 なにせ、俺はすでに温泉の偉大さを知っている。


 過去に発見した温泉は「進化の泉」と呼ばれ、周囲の生物に影響を与える性質を持っていた。動植物の成長を加速させ、六本足ウサギ(仮)を妙に賢くした張本人でもある。


 その一件があったので、今回は「普通の温泉」が出ることを願っていたのだ。


 だが――


 「見つけたわ」


 エリスがそう呟いた瞬間、地面の下からぼこぼこと音が聞こえた。


 次の瞬間、ぬるめの湯が地面の割れ目から溢れ出してきた。


 「おお……やったな」


 俺たちは顔を見合わせた。


 数時間後、俺たちは新しい温泉の成分を調査していた。


 「硫黄の匂いは少ないな」


 俺は慎重に湯を手に取り、温度を確かめる。適度に温かく、手を浸しているだけで心地よい感覚が広がった。


 「前の温泉みたいに、生き物が急成長したりしない?」


 「試してみるか」


 俺は、近くの植物を湯に漬けてみた。


 「……変化なし、か」


 前の温泉では、植物が目に見えて成長するような現象が起こったが、今回は特に変化がない。


 エリスは湯をじっと見つめていたが、ふと俺の腕を掴んだ。


 「あなた、手の傷が薄くなってない?」


 「え?」


 俺は自分の手を確認した。


 確かに、さっきまであった細かい傷が、気のせいか薄くなっているような気がする。


 「……これは、回復効果があるのか?」


 「可能性はあるわね」


 エリスは湯の表面を撫でながら、慎重に言葉を選ぶ。


 「魔素を含んでるけど、前の温泉とは違う。こっちは、治癒に特化した性質を持ってるみたい」


 「なるほどな……」


 つまり、この温泉は「進化の泉」とは異なり、魔素による回復効果を持つ温泉なのかもしれない。


 俺は少し考え、決断した。


 「よし、この温泉を公衆浴場として活用しよう」


 「えっ?」


 エリスが目を丸くする。


 「村の住人たちは、日々の労働で疲れ果ててる。鍛冶師は炉の熱で消耗し、農民は畑仕事で腰を痛め、狩人は魔獣との戦いで傷を負う。そんな彼らが、この温泉に浸かれば――」


 「回復する、ってことね」


 エリスは納得したように頷いた。


 「でも、お風呂を作るには、建物とか設備が必要じゃない?」


 「そこは問題ない。木材も石材も揃ってるし、村には大工がいる」


 「……つまり、あなたは最初からこうなることを見越してたのね」


 「な、なにを言う。そんなまさか……」


 「ふふっ、嘘下手ね」


 エリスがクスリと笑う。


 ――ばれていたか。


 まあ、温泉を見つけた時点で、公衆浴場の計画を立てるつもりだったのは事実だ。


 数日後、俺たちは温泉を村の公衆浴場として正式に整備した。


 湯船を作り、更衣室を設け、適度に魔素を抑えるフィルターを設置。


 「これは……すごいわね」


 エリスが、完成した浴場を眺めて感嘆の声を上げる。


 「異世界で温泉に入れるとはな……」


 俺は感慨深く湯を眺める。


 「温泉は、戦士たちの疲れを癒やし、村人の健康を守り、そして――」


 「そして?」


 「俺が快適に暮らせる」


 「……結局そこなのね」


 エリスは呆れたように笑った。


 だが、俺たちは知っている。


 温泉とは、ただの湯ではない。


 それは、文明の粋であり、異世界生活の支えであり、何より――


 「最高の贅沢」である。


 こうして、異世界の村に新たな文化が生まれたのだった。

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