表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/137

73 発酵石

 異世界において、「燃料の確保」というものは決して軽視できる問題ではない。

 火がなければ食事も作れず、鉄も鍛えられず、寒い夜を耐え抜くこともできない。つまり、燃料の枯渇は文明の衰退を意味するのだ。


 ――なのに、である。


 「薪が足りない」


 俺は資材庫の前で腕を組みながら、目の前の現実を睨みつけた。積み上げられていたはずの薪の山が、見るも無残な状態になっている。


 「おかしいな。ついこの間まで余裕があったはずなんだが……」


 「寒いから、いっぱい使ったんじゃない?」


 ルナ(ウサギ獣人少女)がぴょんと跳ねながら言う。


 「ルナたちの毛はもふもふだからいいけど、あなたたち人間は毛皮が薄いもんね!」


 「そういう問題じゃないんだがな……」


 薪が減った理由は単純だった。冬が近づき、村の人口も増えたことで、消費量が予想を超えてしまったのだ。暖房だけでなく、鍛冶の炉や調理にも使うため、薪の確保は急務となっていた。


 「薪がなければ、別の燃料を探すしかないな」


 俺はそう呟いたものの、代替燃料なんて簡単に見つかるものではない。異世界には不思議な素材が多いが、「手軽に燃えて、かつ長持ちするもの」となると限られる。


 「うーん、何かないかな……」


 その時だった。


 「くさっ!」


 ルナが耳をピンと立てて、思いっきり顔をしかめた。


 「え、何か臭うのか?」


 俺も鼻をひくつかせた。すると、確かに妙な臭いが漂っている。


 「なんか、こう……発酵した果実と、泥と、なにかを煮詰めたような……」


 「それ、つまり『くそ』じゃない?」


 ルナがばっさり言い放つ。


 ――言われてみれば、この臭い、どこかで嗅いだことがある。


 俺は怪しい臭いの元をたどり、村の裏手の草原へと向かった。そして、そこで目にしたものに、言葉を失った。


 「……なんだこりゃ」


 そこには、異様な光を放つ魔獣の糞が、大量に転がっていた。


 「ふむ、珍しいな」


 後ろから低い声が聞こえる。振り向くと、獣人の鍛冶師が腕を組みながら、俺と同じようにその糞を見つめていた。


 「珍しい、って……ただの糞じゃないか?」


 「違うな」


 獣人の鍛冶師は無造作にその糞のひとかけらを拾い上げた。そして、指で軽く弾く。


 ポッ、と淡い光が灯る。


 「おいおい、光ったぞ?」


 「そうだ。こいつはただの糞じゃない。『発酵石』と呼ばれる代物だ」


 「発酵……石?」


 俺は眉をひそめた。糞のくせに「石」とはどういうことだ?


 獣人の鍛冶師は落ち着いた口調で説明を始めた。


 「特定の魔獣の糞は、時間が経つと発酵し、内部の魔素と反応することで固形化し、熱を発するようになる。これを燃料として使えば、薪よりも長時間燃え、しかも火力も安定する」


 「……なんでそんなこと知ってるんだ」


 「昔、戦場で薪が足りなくなった時、仕方なくこれを使ったことがある」


 ――戦場というのは、つくづく想像を絶する環境らしい。


 だが、燃料として使えるなら、これは貴重な資源だ。薪不足の問題を一気に解決できる可能性がある。


 「試してみるか」


 俺は発酵石をひとつ拾い上げ、鍛冶場へと向かった。


 鍛冶場の炉に発酵石をくべると、じわりと熱を発し始めた。

 しかも、炎の色が通常の薪と違い、青白くゆらめいている。


 「おお、思った以上に火力があるな」


 俺は驚きながら、炎の様子を見つめた。これなら薪の代わりに十分使えそうだ。


 「ふむ、鍛冶にも使えるかもしれんな」


 獣人の鍛冶師も興味深げに頷いている。


 「じゃあ、これで燃料問題は解決ってこと?」


 ルナがぴょんと炉の前に寄ってくる。


 「まあな。だが、問題もある」


 俺は渋い顔で発酵石を指差した。


 「なんといっても……臭い」


 そう、発酵石の最大の欠点は、その強烈な臭いだった。燃やすと煙は少ないが、なんとも言えない独特の発酵臭が漂うのだ。


 「これは……村で使うには厳しいか?」


 「いや、方法はある」


 獣人の鍛冶師が、土を手に取りながら言った。


 「発酵石を土と混ぜて乾燥させれば、臭いを抑えつつ、燃料としての性質を維持できる。これをやれば、薪の代わりに十分実用化できるはずだ」


 俺は頷き、さっそく改良を始めた。


 数日後――


 乾燥処理を施した発酵石は、薪と遜色ないレベルまで臭いを抑えられた。火力も安定し、長時間燃える。


 こうして、魔獣の糞から生まれた新たな燃料「発酵石燃料」が、俺たちの村の生活を支えることになったのだった。


 「でも、結局うんこだよね」


 ルナがぽつりと呟く。


 「……まあ、そうだな」


 俺は苦笑しながら、新たな燃料の炎を眺めた。


 異世界というのは、つくづく奇妙な発見に満ちている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ