73 発酵石
異世界において、「燃料の確保」というものは決して軽視できる問題ではない。
火がなければ食事も作れず、鉄も鍛えられず、寒い夜を耐え抜くこともできない。つまり、燃料の枯渇は文明の衰退を意味するのだ。
――なのに、である。
「薪が足りない」
俺は資材庫の前で腕を組みながら、目の前の現実を睨みつけた。積み上げられていたはずの薪の山が、見るも無残な状態になっている。
「おかしいな。ついこの間まで余裕があったはずなんだが……」
「寒いから、いっぱい使ったんじゃない?」
ルナ(ウサギ獣人少女)がぴょんと跳ねながら言う。
「ルナたちの毛はもふもふだからいいけど、あなたたち人間は毛皮が薄いもんね!」
「そういう問題じゃないんだがな……」
薪が減った理由は単純だった。冬が近づき、村の人口も増えたことで、消費量が予想を超えてしまったのだ。暖房だけでなく、鍛冶の炉や調理にも使うため、薪の確保は急務となっていた。
「薪がなければ、別の燃料を探すしかないな」
俺はそう呟いたものの、代替燃料なんて簡単に見つかるものではない。異世界には不思議な素材が多いが、「手軽に燃えて、かつ長持ちするもの」となると限られる。
「うーん、何かないかな……」
その時だった。
「くさっ!」
ルナが耳をピンと立てて、思いっきり顔をしかめた。
「え、何か臭うのか?」
俺も鼻をひくつかせた。すると、確かに妙な臭いが漂っている。
「なんか、こう……発酵した果実と、泥と、なにかを煮詰めたような……」
「それ、つまり『くそ』じゃない?」
ルナがばっさり言い放つ。
――言われてみれば、この臭い、どこかで嗅いだことがある。
俺は怪しい臭いの元をたどり、村の裏手の草原へと向かった。そして、そこで目にしたものに、言葉を失った。
「……なんだこりゃ」
そこには、異様な光を放つ魔獣の糞が、大量に転がっていた。
「ふむ、珍しいな」
後ろから低い声が聞こえる。振り向くと、獣人の鍛冶師が腕を組みながら、俺と同じようにその糞を見つめていた。
「珍しい、って……ただの糞じゃないか?」
「違うな」
獣人の鍛冶師は無造作にその糞のひとかけらを拾い上げた。そして、指で軽く弾く。
ポッ、と淡い光が灯る。
「おいおい、光ったぞ?」
「そうだ。こいつはただの糞じゃない。『発酵石』と呼ばれる代物だ」
「発酵……石?」
俺は眉をひそめた。糞のくせに「石」とはどういうことだ?
獣人の鍛冶師は落ち着いた口調で説明を始めた。
「特定の魔獣の糞は、時間が経つと発酵し、内部の魔素と反応することで固形化し、熱を発するようになる。これを燃料として使えば、薪よりも長時間燃え、しかも火力も安定する」
「……なんでそんなこと知ってるんだ」
「昔、戦場で薪が足りなくなった時、仕方なくこれを使ったことがある」
――戦場というのは、つくづく想像を絶する環境らしい。
だが、燃料として使えるなら、これは貴重な資源だ。薪不足の問題を一気に解決できる可能性がある。
「試してみるか」
俺は発酵石をひとつ拾い上げ、鍛冶場へと向かった。
鍛冶場の炉に発酵石をくべると、じわりと熱を発し始めた。
しかも、炎の色が通常の薪と違い、青白くゆらめいている。
「おお、思った以上に火力があるな」
俺は驚きながら、炎の様子を見つめた。これなら薪の代わりに十分使えそうだ。
「ふむ、鍛冶にも使えるかもしれんな」
獣人の鍛冶師も興味深げに頷いている。
「じゃあ、これで燃料問題は解決ってこと?」
ルナがぴょんと炉の前に寄ってくる。
「まあな。だが、問題もある」
俺は渋い顔で発酵石を指差した。
「なんといっても……臭い」
そう、発酵石の最大の欠点は、その強烈な臭いだった。燃やすと煙は少ないが、なんとも言えない独特の発酵臭が漂うのだ。
「これは……村で使うには厳しいか?」
「いや、方法はある」
獣人の鍛冶師が、土を手に取りながら言った。
「発酵石を土と混ぜて乾燥させれば、臭いを抑えつつ、燃料としての性質を維持できる。これをやれば、薪の代わりに十分実用化できるはずだ」
俺は頷き、さっそく改良を始めた。
数日後――
乾燥処理を施した発酵石は、薪と遜色ないレベルまで臭いを抑えられた。火力も安定し、長時間燃える。
こうして、魔獣の糞から生まれた新たな燃料「発酵石燃料」が、俺たちの村の生活を支えることになったのだった。
「でも、結局うんこだよね」
ルナがぽつりと呟く。
「……まあ、そうだな」
俺は苦笑しながら、新たな燃料の炎を眺めた。
異世界というのは、つくづく奇妙な発見に満ちている。




