70 漁業の確立
人間というものは欲深い生き物である。最初は肉さえあれば満足していたが、いざ食料に余裕ができると「焼き魚が食べたい」「煮魚が恋しい」「刺身という概念はどこへ行ったのか?」などという贅沢な欲求が生まれる。
そんな俺の心を読んだかのように、海辺でレイヴィアが言った。
「あなた、そろそろ魚を獲るべきなのです!」
彼女は人魚族の王女であり、当然ながら海のことには詳しい……はずなのだが、俺の問いに対して「魚は潮の流れに逆らって泳ぐ」という謎の知識を披露しただけで、それ以上のことは何も知らなかった。
「お前、漁の仕方は知らないのか?」
「知らないのです!」
「じゃあ何の役にも立たねえな」
「ですが、魚は光に集まるらしいですよ!」
俺は一瞬考えた。
「それは本当なのか?」
「よくわかりませんが、そんな気がします」
俺は深く息を吐いた。
女性とは、時に何の根拠もなく確信を持つ生き物である。そして、その確信は根拠がないからこそ強固であり、周囲を巻き込む。
「……試してみる価値はあるか」
俺は倉庫から「光る石」を取り出した。これは以前鉱石を採掘しているときに見つけたもので、微弱に発光する性質を持っている。夜間の灯りとして活用できるが、これが魚に効くかどうかは未知数だ。
「これを水に沈めてみよう」
俺は光る石を網の上に括りつけ、それを海の中へと沈める。すると――
「おっ……」
水の奥から小さな影がゆらゆらと寄ってくる。
「本当に集まってきたぞ」
「ふふん、やはり私の勘は正しかったですね!」
「お前、さっき『よくわからない』って言ったよな?」
「直感とはそういうものですので!」
俺は呆れながらも、光る石の効果を確信した。
「よし、網を引け!」
網を引き上げると、数匹の魚がぴちぴちと跳ねていた。
「やったな」
「もっと私を称えてください!」
「誰が称えるか」
そんなやり取りをしていると、ふとセリアが口を開いた。
「……ねえ、氷の槍を使うって発想はないの?」
「氷の槍?」
「前に川で試したことがあるんでしょ?」
「……なんでお前が知ってる?」
「……っ!」
セリアの肩がピクリと揺れた。
そう、こいつは最近、俺に対して妙な態度を取るようになっている。目が合いそうになると視線をそらし、話しかけると少し間を置いてから答える。かつては「余計なこと考えてないで、さっさと動きなさい」と言っていた女が、今では俺の言葉を待つようになっているのだ。
そして、時折、俺の過去の行動を知っているような口ぶりをする。
「なあ、お前、俺のこと気にしすぎじゃないか?」
「はぁっ!? そ、そんなわけないでしょ!」
「いや、絶対気にしてるだろ」
「気にしてない!」
言葉とは裏腹に、セリアは顔を赤くしてそっぽを向いた。
俺は軽く咳払いをして、氷の槍の話に戻ることにした。
「たしかに、氷の槍は水中の生物に対して有効だった。だが、海でも使えるとは限らない」
「試してみればいいじゃない」
「まあ、そうだな」
俺は氷を発生させる鉱石を槍の先端に装着し、海に突き立てる。瞬間、冷気が水中に広がり、小さな氷の柱が発生した。
「おおっ……!」
しかし、魚はまったく動じず、そのまま潮の流れに逆らって泳いでいった。
「ダメか……」
「海の魚には、あまり効かないみたいね」
「ま、光る石の漁法で十分だろ」
「ええ、でも……」
セリアがふと海の奥を見つめた。
「……なんか、大きいやつが混じってない?」
俺も視線を向けると、そこには不気味に揺れる巨大な影があった。
「おいおい、なんだよ、あれ……」
光に誘われるように、影がゆっくりと近づいてくる。
「……もしかして、私たち、何かとんでもないものを引き寄せてるのでは?」
「ちょっと待つのです。私はそんなつもりでは……!」
「いや、俺もそんなつもりじゃなかったんだが……」
どうやら、異世界の漁業は一筋縄ではいかないらしい。
こうして、俺たちはさらなる調査を進めることになったのだった。




