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68 新たな技術と漂流者

 また漂流者か。


 俺は遠い目をして溜息をついた。


 異世界に飛ばされて以来、漂流者を拾うのはもはや日常茶飯事になっている。最初の頃こそ「仲間が増えた!」と感慨深くなったものだが、今となっては完全に作業である。漂流者というのは放っておくと勝手に流れてくるものであり、もはやこの村は漂流者収容所と化しているのではないか、と危惧せざるを得ない。


 「海岸に漂流者がいた」


 フィオナが無駄のない動きで俺の前に立つ。


 この女、とにかく無駄がない。息を吸う動作にすら一切の隙がなく、まるで鍛え抜かれた剣戟のようにスムーズである。どうしてそこまでストイックでいられるのか? いや、俺は知っている。この女こそ、俗世から切り離された孤高の求道者であり、常に「強くなければならない」と己を追い詰める悲しき修行僧のような存在なのだ。


 彼女の辞書には「怠惰」という言葉が存在しない。もしも彼女が俺のような堕落した人間であったならば、「昼寝」という項目の重要性について真剣に討論し、どの時間帯の昼寝が最も快適であるかを検証する日々を送ったに違いない。しかし現実には、彼女は未だに「昼寝」という概念を理解しようとすらしていない。これは由々しき問題である。


 「そいつ、起き抜けに地面を触って『ここはどんな地盤だ?』と訊いた」


 「……は?」


 「それと、妙に石を握りしめていた」


 「お前はどう思う?」


 「どうでもいい」


 彼女はばっさりと切り捨てた。


 そう、フィオナは興味がないのだ。地盤がどうだとか、建築がどうだとか、そういう些末な問題に対して一切の関心を示さない。彼女にとって重要なのは、「村の防衛」と「剣の鍛錬」と「己が鍛え上げた筋肉」だけである。


 「……お前ってさ、家とかどう思ってんの?」


 「必要な時に雨風をしのげればそれでいい」


 「えっ、おしゃれとか快適さとか求めないの?」


 「不必要だ」


 彼女は剣の柄に手を添えたまま、静かに言い放った。


 俺は心底震えた。


 この女にとって、家というのはただの“避難所”でしかないのだ。住み心地? 家具の配置? そんなものは剣術の修練の前では取るに足らない瑣末な問題であり、彼女の関心を引く要素にはなり得ない。


 もしフィオナが建築家だったならば、家という概念そのものを全否定して「人間は野営すべきだ」と主張したに違いない。いや、もはや彼女にとって住居とは鍛錬の場であり、四方の壁など不要なのではないか?


 俺は一つの仮説を立てた。


 ――フィオナは、家を壊しながら生きてきたのではないか?


 戦場に身を投じ、敵の砦を打ち砕き、あらゆる構造物を瓦礫に変えてきた結果、「家とは壊すものである」という認識に至ったのではないか?


 「……もしかして、家って邪魔だと思ってる?」


 「攻められたら防衛拠点になる」


 彼女は真顔で答えた。


 ――この女、まじでそういう思考回路なのか。


 俺は悟った。彼女にとって家は戦術の一部であり、「住まう」ためのものではなく、「戦う」ためのものなのだ。


 俺は建築技術者の男に目をやった。


 彼は意識を取り戻したばかりにもかかわらず、異常なまでに饒舌だった。曰く、「この地形ならアーチ橋をかけるのに最適だ」とか、「村の建築基盤が脆弱すぎる」とか、「適切な石材さえあれば頑丈な建物が作れる」とか、聞き慣れない言葉を次々と並べ立てる。


 「……で、お前は何者なんだ?」


 「建築技術者だ」


 簡潔な答えだった。


 俺は考えた。建築技術者がいるならば、村の発展には大きく寄与するかもしれない。今までの俺たちの家は、木材を組み合わせた簡易な構造のものばかりで、雨風をしのぐには十分だったが、長期的に見ると耐久性には不安があった。特に、最近では魔獣の襲撃が増えてきており、より頑丈な建物が必要になっていたのだ。


 「……石造りの家は作れるか?」


 俺がそう尋ねると、漂流者は自信満々に頷いた。


 「もちろんだ。適切な石材を選び、基礎をしっかりと築けば、木造よりも遥かに頑丈な建物が作れる」


 なるほど。俺は頷いた。


 「じゃあ、まずは試しに作ってみてくれ」


 こうして、村の建築計画が始動した。


 まず、適切な石材を探すところから始めた。村の近くには岩山があり、そこから切り出した石を加工して建築資材とする。漂流者の指示のもと、ゴーレムを使って石を運び、試しに小さな倉庫を建ててみることになった。


 最初のうちは、石を積むだけの単純な作業だった。しかし、漂流者の指導に従ってアーチ構造を取り入れると、驚くほど頑丈な壁が出来上がった。


 「おお……」


 思わず、俺は声を漏らした。今までの木造建築とはまるで違う。石と石の組み合わせだけで、ここまでの強度を生み出せるとは思わなかった。


 「すごいな」


 隣でフィオナが呟いた。


 彼女は建築には興味がないと思っていたが、実際に頑丈な構造が生まれる瞬間を目の当たりにすると、さすがに感心したらしい。


 「この建物なら、簡単には壊れないな」


 「だろう?」


 漂流者は誇らしげに胸を張る。


 「お前が武器を振るっても、簡単には崩れないぞ」


 「……試してみても?」


 「やめろ」


 俺は即座に止めた。


 フィオナは「耐久テスト」という名目で建物を壊す気満々だったが、ようやく建てたばかりの倉庫を破壊されてはたまったものではない。


 「まあ、これで村の防御力は上がるな」


 俺は倉庫を見上げながら呟いた。これが成功すれば、他の建物にも応用できる。より安全な住居を作ることができれば、村の発展はさらに加速するはずだ。


 そして、建築技術者の助言をもとに、村の中心部に本格的な石造りの家屋を建て始めることになった。


 ――だが、ここで問題が発生する。


 「……石の運搬が大変だ」


 石造建築には大量の石材が必要だが、木材に比べて圧倒的に重い。そのため、村人だけで運ぶのは難しく、ゴーレムを動員することになった。しかし、それでも手間がかかる。


 「ふむ、ならば橋を作るのがいいな」


 漂流者はそう提案した。


 「川の向こうに石材が豊富な採掘場があるのなら、アーチ橋をかければ運搬の効率が上がる」


 確かに、その通りだ。今までは木造の簡易な橋しかなく、大量の石を運ぶには適していなかった。しかし、アーチ橋を作れば、より頑丈な輸送路が確保できる。


 俺たちは早速、橋の建設に取り掛かった。


 試作のアーチ橋は、予想以上に頑丈だった。単純に石を積み上げるだけではなく、重力を利用した構造のおかげで、驚くほど安定している。


 「これなら、馬車を通しても問題ないな」


 「よし、これで石材の運搬もスムーズになる」


 こうして、村の建築技術は一段階上のレベルへと進化した。


 ――だが、俺はふと横を見る。


 「……フィオナ?」


 彼女は橋をじっと見つめていた。


 「この橋、どれくらいの衝撃に耐えられる?」


 ――だから壊す気か!?


 俺はすぐさま全力で彼女を止めた。


 こうして、俺たちの村は新たな建築技術を手に入れ、さらに発展への道を歩み始めたのだった。

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