66 街への第一歩
水が足りない。
この村において、水は命そのものである。
俺がこの異世界に飛ばされてから、どれほどの変化があっただろうか。最初は、ただの漂流者として何もない砂浜で目を覚ました。そこからコツコツと生活を築き、狩猟、農耕、建築を学び、少しずつ村が形を成してきた。そして、いつの間にか六本足ウサギ(仮)は人型へ進化し、漂流者は次々と増え、果ては人魚族まで住みつく始末である。
このままでは、村が水不足で崩壊する。
「やはり、水路を作るしかありません!」
そう力説したのはレイヴィアだった。
元・海の王女であり、現在はすっかり陸の生活に馴染んでいる彼女は、最近やたらと村の会議に首を突っ込んでくる。以前は「私は陸のことはよく分かりません!」などと言っていたくせに、今では堂々と提案までしてくるのだから、順応力というのは恐ろしいものである。
「でも、水路ってどうやって作るの?」
ルナが首を傾げる。
元・六本足ウサギ(仮)、現在は完全に人型へと進化したウサギ族の少女。最近は耳をぴこぴこと動かしながら、村の問題に積極的に関わるようになっている。かつては「言葉を覚えました!」と誇らしげにしていたが、今ではすっかり人間らしい思考を身につけたらしい。
俺は腕を組みながら地図を広げた。
「水路を作るには、まず川から村へ水を引かなくちゃならん。だが、村は川より少し高い位置にあるんだ」
「つまり、水は自然には流れてこない……?」
ルナが困ったように耳を垂らす。
「そういうことだ」
「ならば、水の流れを操作すればいいのです!」
レイヴィアが自信満々に言った。
「どうやって?」
「魔素の流れを利用するのです!」
俺は思わず眉をひそめた。
「また魔素か……」
異世界において、魔素というのは何かと便利なエネルギーである。しかし、便利であるがゆえに、下手に扱うとろくでもないことになる。
「以前、畑に水を引こうとしたとき、水が逆流したっていってたわよね?」
エルフのエリスが口を挟む。
俺は思い出した。
そう、以前、農業用の水を川から引こうとしたとき、水が不自然な方向へ流れるという現象が起きたのだ。調査の結果、この土地には地脈と呼ばれる魔素の流れがあり、それが水の動きに影響を与えているらしい。
「つまり、その地脈をうまく利用すれば、水を引けるってことか?」
「その可能性は高いわね」
エリスは頷いた。
レイヴィアも同意するように手を打った。
「海でも似たようなことがあるのです! 潮流は、地形や魔素の影響を受けて流れを変えるのですよ!」
なるほど。
地脈を利用すれば、水を重力に逆らわせることも可能かもしれない。
俺は考えた。
「……とりあえず、試してみるか」
翌日、俺たちは水路建設に取りかかった。
まず、川の近くに水門を作る。これは、魔素を含む特殊な鉱石を埋め込み、水の流れを誘導するための装置だ。これがうまく機能すれば、水は村へ向かって流れるはずである。
次に、村の中心へ向かって水を通すための溝を掘る。
「ゴーレム、出番よ!」
エリスの掛け声とともに、ゴーレムたちが土を掘り始める。人力では何日もかかる作業が、彼らの力を使えばあっという間に進む。
「すごい……!」
ルナが目を輝かせる。
「これで、水が流れるようになるの?」
「あとは、地脈がうまく機能すればな」
俺は川の水門を確認した。
「よし、試しに水を流してみよう」
俺は水門の魔素制御石を調整し、ゆっくりと水を開放する。
すると――
スーッ……。
「……流れた?」
ルナが目を見開く。
確かに、水はゆっくりと、しかし確実に村へ向かって流れ始めた。
「やったのです!」
レイヴィアが飛び跳ねる。
俺たちはしばらく、水の流れを見守った。
結果として、地脈の流れをうまく利用することで、俺たちは川から村へと水を引くことに成功した。水門の開閉で流れを調整できるし、畑への供給も安定する。
「これで、水不足の心配はなくなったわね」
エリスが満足げに頷く。
「いや、まだだ」
俺は水路を見ながら呟いた。
村に水を引くことには成功したが、今度はその水が本当に安全なのかという問題が出てくる。川の水には異世界特有の微生物がいるかもしれないし、長期的に見ると浄化システムが必要になるかもしれない。
「じゃあ、次は水質改善ですね!」
レイヴィアが楽しげに言うのだった。




