60 魔素異常と結晶化
異世界というものは、かくも予測不能である。
ここにきて、俺たちはついに生命の根幹に関わる問題に直面している。すなわち、ニンジンが喋った。
「タ、タスケテ……」
見よ、この世にも哀れな声を。
これまでにも奇妙な出来事は数え切れないほどあったが、畑の作物が意思を持ち始めたという事態には、俺もさすがに狼狽を隠せない。
「おい、リュナ。これはつまりどういうことなんだ?」
俺は隣で腕を組む獣人少女に尋ねた。彼女は淡々とした様子でニンジンをじっと見つめ、冷静に言い放つ。
「これは進化の影響ね」
「そんな簡単に片付けるな」
「でも事実でしょ? この土地は温泉の影響で生物がどんどん進化する。それに魔素の暴走が加わったら、こういうことが起こっても不思議じゃないわ」
不思議じゃないかどうかはさておき、今まさに目の前でニンジンが震えているのは事実である。
「助けてって言ってるけど、どうするんだ?」
「どうするって、食べるしかないでしょう?」
獣人は実に容赦がない。
俺が悩んでいる間にも、魔素の異常は広がり続けていた。畑の作物だけでなく、村の周囲の木々も奇妙な成長を見せている。枝がねじれ、幹が脈打ち、葉が青白く発光し始めた。
「このままじゃ村全体が魔素に飲まれるな……」
俺はひとまず村の中心部へ戻り、魔素を吸収する鉱石を持ち出す。
これは以前、地下の洞窟で発見したもので、魔素を吸い取る特性を持っていた。村の四隅に埋め込めば、暴走を抑えられるかもしれない。
「レイヴィア、手伝ってくれ」
俺は近くにいた人魚姫に声をかけた。
「はい!」
レイヴィアは元気よく返事をし、ひょいと鉱石を持ち上げる。人魚のくせにすっかり陸の暮らしに馴染んでしまった彼女は、先ほどまで畑を観察しながら「魔素の流れって面白いですね!」などと言っていた。何がどう面白いのか、俺にはまだ理解できていない。
「これを畑の四隅に埋めるんだ。そうすれば魔素の流れが安定するはずだ」
「わかりました!」
レイヴィアとリュナとともに鉱石を埋める作業を進めると、不思議なことが起こった。
埋めた鉱石が、微かに光を放ち始めたのだ。
「……お?」
俺は思わずそれを掘り返し、手に取る。鉱石の表面は滑らかになり、内部には透き通る青い結晶が形成されていた。
「ねえ、これ……魔素が固まったんじゃない?」
リュナが興味深げに覗き込む。
俺は慎重に削り取り、小さな破片を指先で転がす。
「……魔素結晶だ」
魔素を吸収した鉱石が変質し、結晶化したのだろう。これは新たな発見だった。
「ねえねえ、これって光るのよね?」
レイヴィアが結晶を手に取り、日光にかざす。
確かに、魔素を蓄えたこの結晶は微かに発光している。
「もしこれを灯りに使えたら……」
俺はふと考える。
この魔素結晶はエネルギー源になり得るのではないか?
試しにランタンの中に埋め込んでみると、ぼんやりと青白い光が広がった。
「おお……」
俺たちは思わず見とれる。
これはただの魔素制御の手段ではない。新たな技術の可能性を秘めた発見だ。
俺は結晶をじっと見つめながら、確信する。
「……こいつは、使えるぞ」
しかし、その時だった。
「ちょ、ちょっと! あれ!」
レイヴィアが指差した先では、さっき埋めた鉱石の影響で、畑のニンジンたちが一斉に大人しくなっていた。
「タスケテ……」
最後の一声を残し、彼らは沈黙した。
こうして、俺たちは魔素の暴走を抑えることに成功し、さらに魔素結晶という新たなエネルギー資源を手に入れた。
村の未来が、またひとつ開けた気がした。




