52 さらなる漂流者
漂流者というものは、大抵、哀れであり、困窮しており、流れ着いた先の者たちに一杯のスープでも恵んでもらわねば生き延びられない、というのが相場である。俺も異世界に漂着した身ではあるが、もはやその初心(?)を忘れつつあり、村の中心でふんぞり返るような立場になってしまった。しかし、それでも海岸に見知らぬ人影を見つければ、「おお、生存者!」と駆け寄るくらいの良心はある。
その日、俺たちは海岸で2人の漂流者を発見した。1人は痩せぎすで白髪混じりの髭を生やした男、もう1人は獣のようにしなやかに動く女だった。
まず、白髪の男が俺を見るなり、こう言った。
「君たちは、医療を理解しているかね?」
医療? この村にそんなものがあるか?
「傷は焼けば治る、腹痛は寝れば治る、それ以外は運次第って感じだな」
そう答えると、男は深々と溜息をつき、胸を押さえながら崩れ落ちた。
「……これは由々しき事態だ。つまり、医者がいないのだな?」
「そうなるな」
「ならば! 私が必要ではないか!」
何やら勝手に話を進めているが、確かに、この村にまともな医療はない。負傷者は根性で治し、風邪を引いた者には熱いスープを飲ませ、最悪の場合は「まあ、そういうこともある」と天命を受け入れる流れになっている。医療などという概念を持ち込もうとすること自体が異世界的発展の第一歩なのかもしれない。
「で、お前は医者なのか?」
「そうだ! 私はかつてある王国で侍医をしていた。手当たり次第に病人を診ていたら、面倒事に巻き込まれて海に投げ出されたのだ。理不尽極まりない!」
「それはまあ、運が悪かったな」
「運ではない! これはもはや医療に対する冒涜だ! だが、ここでなら存分に医術を振るえる!」
実に勝手な漂着者である。しかし、俺たちには確かに医療が足りていない。この村で唯一、体の構造に詳しいのは、食材として動物を解体している料理人だけなのだ。獣人の薬師が訪れたとはいえ、彼らの治療法は「噛めば効く!」という獣寄りの発想であり、いまいち人間向けではない。
「まあ、助かるといえば助かるが……お前、道具とかないだろ?」
「当然だ! しかし、あるもので何とかするのが医療の本質だろう?」
なんとも頼もしいが不安の残る言葉である。だが、医療の基盤を整えるためには、この男を村に迎え入れたほうが良いのは明白だった。
次に、もう1人の漂流者である獣のような女が、にやりと笑いながら口を開いた。
「私は狩人だ。お前たち、まともに狩りをしているか?」
「まあ、槍と弓でちまちまとな」
「そうだろうと思った。お前たち、人間というのは狩りを『頑張るもの』だと思っているが、違うぞ」
「ほう」
「狩りとは『いかに怠けて獲物を仕留めるか』だ」
彼女の言葉に、村の狩人たちは「何言ってんだこいつ?」という顔をした。だが、彼女の次の一言でその空気は変わった。
「お前たちは、獲物をじっと待つということを知らんのだろう?」
俺たちは狩りといえば、弓を持ち、槍を持ち、森に入って獲物を追い詰めるものだと思っていた。しかし、彼女の狩猟法は違った。
「まず、獲物の通り道を知る。そこに罠を仕掛ける。そして待つ。それだけだ」
なんと怠惰な狩りか。いや、これは合理的と言うべきか。
村の狩人が「そんなことで獲物が獲れるのか」と疑いの眼差しを向けると、彼女はにやりと笑った。
「では、試してみるか?」
彼女は森へと足を運び、木の根元や川辺にいくつかの仕掛けを作った。単純な落とし穴、動物の足に絡みつく縄、そして、獣の嗅覚を狂わせる臭い袋。俺たちが一晩中狩りをしてやっと仕留める獲物を、彼女はただ「待つ」ことで得ようというのだ。
そして翌朝。
「三匹か……まあまあだな」
彼女はそう言いながら、罠にかかった獲物を悠々と持ち帰った。
村の狩人たちはその光景を見て言葉を失い、やがて口々に「こ、これは……すごい」と呟いた。
「お前、村に住め」
「おう、そうする」
彼女はあっさりと承諾し、村に溶け込むことになった。
こうして、俺たちの村には新たに「医療」と「狩猟」の専門家が加わった。
医者は村人たちを片っ端から診察し、「栄養が足りん!」「もっと水を飲め!」「清潔にしろ!」と説教を垂れ流した。狩人は村の若者たちに罠の作り方を教え、「無駄に走り回るな、狩りは待つものだ」と指導を始めた。
俺たちは異世界で漂流者を助けたはずだったが、結果的に助けられたのは俺たちのほうだったのかもしれない。
村はまた一歩、発展していく。そして俺は、新しい問題に頭を抱え始めた。
「なあ、これから怪我人が出るたびに医者が怒鳴り込んでくるんじゃないか?」
「当然だろう?」
「狩人たちは楽を覚えて、ますますサボるんじゃないか?」
「当然だろう?」
俺は深く溜息をついた。
異世界の発展というのは、楽しいものではあるが、同時に厄介なことも増えるのだな……。




