5 簡易的な住居
──それは、突然の出来事だった。
俺は焚き火のそばで六本足ウサギ(仮)の余韻に浸っていた。いや、余韻どころではない。脳内にじんわりと広がる「感謝」の感覚に戸惑いながら、異世界の食物連鎖とは一体何なのかと哲学的な問いを抱え始めたところだった。
「……食べられた生き物が、こちらに何かを伝えてくる……?」
いや、考えすぎだろう。もしくは、異世界の肉には幻覚作用があるのかもしれない。とにかく、この世界のルールがまだよく分からない。
そんなことを考えていたその時──
ぽつっ。
「……ん?」
手の甲に、冷たいものが落ちてきた。
──ぽつ、ぽつぽつぽつ……
次第にそれは勢いを増し、やがて森全体を包むような土砂降りとなった。
「うわっ、雨か!」
俺は咄嗟に焚き火を庇おうとしたが、間に合わなかった。水滴が火を叩き、ジュウジュウと音を立てながら消えていく。せっかくの火が──俺の生命線が!
「マズいな、これは……!」
しかし、問題はそれだけではなかった。
手の甲に落ちた雨粒を何気なく見つめた瞬間、俺は全身が凍りついた。
「……これ、溶けてる?」
皮膚がひりひりと痛む。まるでレモン汁を傷口に垂らされたような感覚が広がる。
──酸性雨だ!!!
異世界とは、どうしてこうも無慈悲なのか。俺は慌てて頭を抱えながら駆け出した。
「雨宿り、雨宿り!!!」
しかし、ここは無人島。人間が作った屋根など存在しない。俺は濡れるまいと森の奥へと突っ込み、必死に逃げ場を探す。
──そして、俺はたどり着いた。
大きな木の根元に、ちょうどいいくぼみがあった。そこに生えている巨大な葉を折り、枝と組み合わせて簡易シェルターを作る。
「よし……これで、なんとか……」
雨の勢いは強まるばかりだったが、幸いなことに葉の防御力はなかなか高い。水滴がぽたぽたと垂れる音を聞きながら、俺は一息ついた。
「ふう……ひとまずこれで雨宿りはできるか……」
しかし、その時だった。
──ぼわっ。
シェルターの内部が、仄かに光り始めた。
「……え?」
原因はすぐに分かった。俺が使った葉っぱの一部が、ぼんやりと青白く発光しているのだ。
「……なんだこれ、ホタルイカ?」
いや、そんなはずはない。植物が光るなんて聞いたことが──いや、異世界だからこそあり得るのか。俺は興味津々で葉に触れてみた。すると、指先にじんわりとした温かさが伝わってきた。
「これ、もしかして熱を持ってるのか?」
そう考えると、昼間に感じた異様な冷え込みも説明がつく。この世界の植物には、発光や熱を発する特殊な性質があるのかもしれない。
──異世界の生態系、やはり奥が深い。
俺は光る葉を手に取り、まじまじと眺めた。酸性雨に襲われたおかげで、思わぬ発見があったというわけだ。
「……これは、使えるかもしれない」
もしこの葉が安定して光るならば、夜間の灯りとして利用できる。さらに、わずかに熱を持つということは、保温効果が期待できるかもしれない。
──これは、ただのサバイバルではない。
──異世界無人島、文明開拓編の幕開けかもしれない。
雨はまだ降り続いていたが、俺の心はすでに次の展開を考え始めていた。