49 ウサギ族の進化
俺はかねがねウサギという生き物を信用していない。
そもそもウサギとは何なのか? いや、そんな哲学的な問いを発したいわけではない。俺が問題にしているのは、ウサギという生き物の本質である。あいつらは、あまりにも可愛すぎる。
可愛いというのは、それだけで疑わしい要素なのだ。世の中、可愛いものほど恐ろしい。可愛い顔をしているからといって信用してはならない。あれは偽装なのだ。無防備を装い、こちらの警戒を解き、懐に入り込み、気づけば手遅れになっている。ウサギとは、そういう存在である。
そして、俺のいるこの異世界にもウサギはいるのだが──問題は、そのウサギが六本足であるという点である。
四本足のウサギですら警戒に値するのに、六本足となればいよいよもって危険極まりない。なぜなら、単純計算でその可愛さは1.5倍に膨れ上がるからだ。これは由々しき事態である。
俺は現在、森の外れにしゃがみ込み、ウサギたちの様子を観察している。
異世界に飛ばされて以来、俺は何度となくこの六本足のウサギたちと関わることになった。最初は狩る対象だったが、彼らは妙にこちらを観察し、ある時から俺たちの生活に溶け込むようになった。そして今では、簡単な道具を扱い、火を恐れず、さらには文字らしきものを書き始めている。
……ここまできたら、認めるしかない。
六本足のウサギ(仮)は、確実に進化している。
「……なあ、リュナ」
俺は隣にしゃがむ獣人の少女に話しかけた。彼女はウサギたちを見つめながら、静かに頷いた。
「もう、隠しようがないね」
俺たちの目の前では、数匹のウサギたちが何やら作業をしていた。
彼らは木の枝を杖のように使い、地面に奇妙な記号を描いている。これは単なる遊びではない。何かを伝えようとしている。文字とまでは言えないが、それに近いものを確立しようとしているのは明らかだった。
「……言語を持つ気か?」
俺はゾッとした。
知能が向上し、道具を扱い、火を恐れず、ついには言葉を持つ──その先にあるものは、もはや決まっている。
国家の誕生である。
俺はこの異世界で、ウサギたちが国家を築く瞬間に立ち会うことになるのだろうか?
いや、それはさすがに考えすぎだ。いくらなんでも六本足のウサギ(仮)がそんなことをするはずがない。これは杞憂だ、妄想だ、そうであってほしい。しかし、現実は俺の願望に応えてはくれなかった。
翌日、俺はさらなる異変を目撃することになる。
森の中、ウサギたちは槍を持っていた。
いや、正確には槍のようなものだ。木の枝に鋭く加工した石をくくりつけたそれは、明らかに「武器」としての用途を持っていた。
俺は目を疑った。
六本足のウサギ(仮)は、狩りを始めたのだ。
最初は、ただの実験だったのかもしれない。しかし、彼らは確実に獲物を仕留め、肉を手に入れ、そして火で炙って食べていた。
「……待て待て待て待て」
俺は頭を抱えた。
肉を焼いて食べるウサギがどこにいる!?
俺の知っているウサギは、草を食み、ぴょんぴょん跳ねているだけの存在だった。確かに、ウサギ科の動物には肉を食べる種もいると聞いたことがあるが、だからといって、こんな進化はあっていいのか?
「これは……もうウサギじゃないよね?」
リュナが戸惑いながら呟いた。
俺もそう思う。しかし、ウサギでなければ、何なのか?
彼らはすでに、単なる動物ではなくなりつつある。
「……なあ、俺たちはどうするべきだ?」
俺はリュナに問いかけた。
彼らをこのまま放置すれば、間違いなくさらに進化する。
道具を使い、言語を持ち、狩りをし、そして火を扱う。
それはつまり、文明を築くということだ。
「……私は、彼らを仲間として迎え入れたいな」
リュナの言葉に、俺は驚いた。
「……仲間、か?」
「うん。もう、彼らはただの動物じゃない。だったら、私たちと一緒に村で暮らせばいいと思うんだ」
俺はウサギたちを見つめた。
彼らは確かに、もうただのウサギではない。
俺たちの道具を真似し、生活を観察し、独自の文化を築こうとしている。
ならば、俺たちは彼らをどう扱うべきなのか?
「……わかった。彼らを迎え入れよう」
俺は決断した。
ウサギたちは、もはや俺たちにとっての「異物」ではない。
彼らは、この村の新たな住人なのだ。




