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46 海の王女

 異世界において、「海の王女」という概念ほど信用ならないものはない。


 そもそも「王女」とは、王の娘という立場でありながら責任を伴わず、民に慕われつつも統治の実務を他人に押し付け、政略結婚の道具とされることも多い、まことに都合の良い存在である。しかるに「海の王女」ともなれば、もはや王国の在り方すら見えず、彼女が本当に王女なのかどうかすら怪しいものだ。


 ──とはいえ、目の前のこの人魚は確かに「王女」と名乗った。


 「私は、海の王女……レイヴィア」


 波間に揺れる青い髪。瞳は深海のごとく輝き、滑らかな肌には微かに魔素の光が宿っている。尾ひれはゆっくりと水をかき分け、まるでこの世界の一部のように溶け込んでいた。


 「……王女ねぇ」


 俺は腕を組み、彼女を値踏みするように見つめる。


 「で、王女様が陸の者に何の用なんだ?」


 レイヴィアは少しだけ視線を落とし、息を整えた。


 「私たちの国が……崩壊しかけているのです」


 この言葉に、リュナが耳をぴくりと動かした。


 「崩壊?」


 「ええ。海底に築かれた我が王国は、長い年月の間、魔素を利用して成り立ってきました。ですが……ここ最近、その魔素が暴走し始め、都市の基盤が崩れつつあります」


 俺たちは互いに顔を見合わせた。


 魔素の暴走──それは、この異世界において決して珍しい現象ではない。しかし、それが国家レベルで起こるとなると、話は別だ。


 「つまり、お前たちだけでは対処できないってことか?」


 「はい……私たちの知識では、魔素を制御する方法がわからないのです」


 セリアが眉をひそめる。


 「妙ね。海の民なら、水の魔法には精通しているでしょう?」


 「それでも、制御しきれないほどの異変が起きているのです……」


 レイヴィアの言葉には迷いがなかった。


 「それで、陸の者に助けを求めに来た、というわけか」


 レイヴィアは静かに頷いた。そして、俺の目をまっすぐに見据え、はっきりと告げた。


 「お願いです。あなたたちの知識と技術を貸していただけませんか?」


 さて、困った。


 異世界に漂着して以来、俺たちは狩猟、農業、畜産、建築と、実にさまざまなことに手を出してきたが、今度はついに「海の国の救済」まで求められるようになった。


 しかし、魔素の暴走がどれほどのものかもわからない状況で、軽々しく引き受けるわけにもいかない。


 エリスが慎重に言葉を選びながら問いかける。


 「……具体的に、私たちに何をしてほしいの?」


 「陸の者が持つ技術で、魔素の流れを安定させる方法を見つけてほしいのです」


 「ふむ」


 セリアが腕を組み、考え込む。


 「理論的には、魔素を安定させるには触媒が必要ね。土や鉱石なら、適度に魔素を吸収してバランスを取ることができるけれど……」


 ここで、リュナが口を挟んだ。


 「でも、海の中にそんなものはないんじゃない?」


 「だからこそ、陸の技術が必要なのです」


 レイヴィアの瞳には真剣な光が宿っていた。


 俺はひとまずため息をつき、彼女の申し出を検討することにした。


 まず、現状の整理をする必要があった。


 海の民が長らく使ってきた「魔素のエネルギーシステム」が限界に達しつつある。彼らはそれを制御する手段を持たない。そこで、俺たちが「陸の技術」を提供し、問題を解決する……と。


 そこでふと、俺はある可能性に気づいた。


 「レイヴィア。お前たちは、陸の鉱物を利用したことはあるか?」


 「いいえ……」


 「なら、それを試してみる価値はあるかもしれないな」


 俺たちの村には、さまざまな鉱石が採れる場所がある。その中には、魔素を安定させる特性を持つものもある。もし、それらを海底都市に持ち込めば、暴走を抑えることができるかもしれない。


 エリスが小さく頷いた。


 「可能性はあるわね」


 レイヴィアの表情に希望の色が浮かんだ。


 「それでは……私たちの国と、貿易をしませんか?」


 貿易。


 なるほど、そう来たか。


 俺たちはこれまで、狩猟や農業を主体にしてきたが、海の民との交易が可能になれば、さらに豊かな暮らしが実現する。


 ルナがきらきらと目を輝かせた。


 「ねえねえ、人魚さんの国には美味しいものあるの?」


 「ふふ……私たちの海には、魔法貝や特別な海藻がたくさんありますよ」


 「やったぁ!」


 ──ルナは単純だな。


 だが、俺たちにとってもこれは悪い話ではない。


 「わかった。とりあえず、まずは試しに取引してみよう」


 レイヴィアはぱっと顔を輝かせた。


 「ありがとうございます!」


 こうして、俺たちは海の民と新たな関係を築くことになった。


 ──しかし、この出会いがさらなる異変を呼ぶことになるとは、まだ誰も知らなかった。

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