42 ウサギ獣人の少女
異世界において、ウサギというものは、もはやウサギであることに飽きてしまったらしい。
六本足ウサギ(仮)は、長らく「ただの奇妙な家畜」として扱われてきた。しかし、もはやそんな枠には収まらない。彼らは組織化し、リーダーウサギは俺と意思疎通を試み、さらには原始文字のようなものまで書き始めた。おそらく、次にやることは火の使用だ。ウサギが火を扱い始めたら、それはもう新しい時代の幕開けである。
そんなことを考えながら、俺はリーダーウサギの動きを見つめていた。
──そして、そのときである。
ウサギたちの群れの奥から、異変が起こった。
ぴしっ、と空気が震える。何かが弾けるような感覚が村を包み込む。まるで世界そのものが、一瞬だけ変化したような違和感があった。
俺は反射的に振り向いた。
そこにいたのは──
一匹のウサギ……だった「何か」だった。
いや、待て。
それは、ウサギではない。
そこには、長い耳を持ち、ふわふわの毛に覆われた少女がいた。
少女はまるで、何かから孵化するように、立ち上がろうとしていた。彼女の耳はぴょこぴょこと動き、尻尾はふわりと揺れ、戸惑うように自分の手足を眺めている。
──まさか、進化したのか?
いや、進化とは言っても、こんな極端な変化があっていいのか?
「……お、お前……?」
俺は恐る恐る声をかけた。
少女はぴくりと耳を動かし、俺を見上げた。その瞳は、まるで何かを探るようにきらきらと光っていた。
──そして、次の瞬間。
「あなた……!」
少女は飛びついてきた。
「わぷっ!」
俺は咄嗟に受け止める。ふわふわした毛並みが俺の腕に絡みつく。そして、妙に軽い。いや、それよりも──近い。
「ええと……お前は……?」
少女はにっこりと笑った。
「ずっとあなたについていく!」
──なんだと?
俺は完全に固まった。
つまり、この状況を整理しよう。
六本足ウサギ(仮)が進化した。
その中から、一匹が完全に人型化した。
そいつが俺に飛びついてきて、「ずっとついていく」と言い放った。
いやいや、そんな都合のいい話が──
「もふっ……♡」
少女は俺の胸に顔をうずめ、満足そうにふにゃりとした声を漏らす。
「……えーと」
俺は状況の飲み込みが追いつかない。
ウサギ獣人の少女は、まるで最初からこうすることが決まっていたかのように、俺の服をぎゅっと握って離さない。
「あなた、いつもわたしたちを守ってくれた。食べ物をくれた。だから、わたしもあなたのそばにいたい!」
「ええと……お前、本当にウサギだったのか?」
少女はこくんと頷く。
「うん! でも、いまは違うよ。あなたのこと、ちゃんと話せるし、触れるし……!」
いや、それはそうかもしれないが、俺としては納得が追いつかない。
「ちょ、ちょっと待て。お前、名前は?」
「名前……?」
少女は考え込むように、ぴょこんと耳を動かした。そして、俺の顔をじっと見つめた。
「あなたが、決めてくれる?」
「えっ」
「あなたが、名前をくれるなら、それがわたしの名前!」
そう言って、少女は嬉しそうに尻尾を振った。
──俺は、なんという事態に巻き込まれているのだろうか。
もはやこれは「異世界サバイバル」ではない。「異世界ウサギ進化論」である。
俺は頭を抱えながら、それでもなんとか気を取り直し、少女をじっと見つめた。
「……じゃあ、『ルナ』でどうだ?」
少女──いや、ルナはぱっと顔を輝かせた。
「ルナ……! ルナ! うん、すごくいい!」
そして、また俺にぴょんっと飛びついてくる。
「ねえねえ、ルナのこと、可愛いって思う?」
「え、いや、まあ……」
「やったぁ♡ あなた、大好き!」
俺はもう、ため息をつくしかなかった。
──こうして、俺の異世界生活に、またひとつ新たな騒動が加わったのだった。




