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40 漂流者たち

 異世界において、人間というものはずいぶんと簡単に増えるものらしい。六本足ウサギ(仮)が鍬を持って畑を耕し始めたことに驚いていたのも束の間、今度は海岸にて異世界からの漂流者を拾った。しかも二人も。俺はしばし遠い目をして考え込む。ここは本当に異世界なのか? ひょっとして、日本のどこか、人里離れた山奥で文明実験でもさせられているのではないか? いや、それにしては六本足のウサギや、人語を解する獣人や、自律的に農作業をするゴーレムがいるのは説明がつかない。やはり、ここは異世界なのだ。


 そして、その異世界に、新たな住人がやってきた。


 彼らを拾ったのはリュナだった。彼女は昼下がりの海辺を歩いていたところ、流れ着いた人影を見つけたのだという。「まあ、見捨てるのも忍びないしね」と言っていたが、そこには「また厄介事が増えそうね……」という、なんとも微妙な心境が滲んでいたのを俺は見逃さなかった。


 さて、新たな漂流者たちである。一人はまだ若い男で、ぼさぼさの黒髪に無精ひげ。腰には布を巻いただけの粗末な身なり。とりあえず彼を鍛冶職人(仮)と呼ぶことにする。そしてもう一人は、整えられた黒髪にくっきりとした目鼻立ちの女性。背筋がまっすぐで、姿勢に無駄がない。彼女はどうやら商人だったらしい。


 「ここは……?」と鍛冶職人(仮)が目を覚まし、まず最初に水をがぶがぶと飲んだ。その手つきは慣れたもので、まるで異世界漂流が日常であるかのような風格すら漂わせていた。


 「ここは俺たちの村だ」


 「村……?」


 「ああ。見ての通り、文明開拓の最前線だ」


 鍛冶職人(仮)はぼんやりと周囲を見渡した。畑でせっせと働くゴーレム、木を運ぶ獣人たち、そして鍬を器用に扱う六本足ウサギ(仮)。彼はしばし沈黙し、やがて「なんというか……すごいな」と素直な感想を述べた。


 「ところで、お前は鍛冶ができるのか?」


 「できる」


 俺は胸をなでおろした。異世界転生モノにおいて鍛冶職人の存在は極めて重要であり、鉄加工技術が向上すれば文明の進歩は加速度的に進むのだ。


 「じゃあ頼む。文明を発展させてくれ」


 「お、おう……」


 さて、問題はもう一人の漂流者、商人の女性だ。彼女は俺の目をじっと見つめ、すらりと立ち上がると、ゆったりとした動作で砂を払った。その所作は洗練されており、まるでこの状況に一切の動揺を覚えていないかのようだった。


 「状況は把握しました」


 「早いな」


 「私のような商人は、どんな環境に置かれても、まずは冷静に情報を整理するものです」


 俺は少し感心した。この異世界では、意外と理性的な人間が多いのかもしれない。


 「で、あなたがこの村の……」


 「統治者だ」


 俺はそう言い切った。本当は統治者などというほど立派なものではないが、誰かが決断を下さなければならない以上、村長みたいなものではある。


 「統治者、ですか。では、お尋ねします。この村には貨幣制度はありますか?」


 「……ない」


 「市場は?」


 「……ない」


 「商業ギルドは?」


 「……そんなものがあると思うか?」


 商人の女性はため息をついた。


 「……ならば、まずは物資の整理から始めるべきですね。この村は確かに発展していますが、経済基盤が存在していません。市場を作りましょう」


 「市場?」


 「ええ。あなたが文明を発展させたいなら、経済の発展が必要不可欠です」


 俺は思わずリュナを見る。リュナは肩をすくめた。


 「まあ、悪くないんじゃない?」


 そして、商人の女性は早速動き始めた。まず彼女がしたのは、村の物資をすべて把握することだった。獣人たちが狩った獲物、畑で取れた作物、加工した木材、保存食、布類……すべてをリストアップし、適切な保管場所を決める。そして「価値」を付けた。


 「あなたが今まで『余ったもの』としていたものは、交易品になり得ます」


 彼女の言葉に、俺ははっとする。今までは食料が余れば干し肉にし、毛皮が余れば防寒具にし、余剰分は「とりあえず倉庫に突っ込んでおく」という運用をしていた。しかし、それらは「価値のあるもの」として取引できるのだ。


 「つまり、税金を導入する時が来た、ということか?」


 俺は頭を抱えた。


 市場ができ、経済が回り始めれば、当然ながら税制の整備が必要になる。俺は初めて、統治者としての責務というものを痛感した。


 商人の女性は微笑んだ。


 「安心してください、統治者様。私がすべて整理してさしあげます」


 かくして、俺の村は「経済圏」という新たなフェーズに突入したのだった。

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