4 最初の食事
──人間、空腹には抗えない。
俺は異世界の無人島で生き延びるために、水を手に入れ、火を起こし、夜を越えた。しかし、腹は減る。木の実と果物だけでは、どうにも満たされないのだ。
異世界に来たのだから、当然ながら異世界ならではの美食を楽しむ権利があるはずだ。ファンタジー世界の定番として、たとえばスライムを焼いたらプリンみたいな味がするとか、魔獣の肉を食ったらレアステーキ並みにジューシーだとか、そういう展開があってもいい。
しかし、俺の目の前にあるのは、ただの森である。
……いや、ただの森ではない。
俺は草むらの向こうに、奇妙な生き物の姿を見つけた。
それは、一見するとウサギのようだった。しかし、明らかにおかしい。
「足が……六本ある……?」
毛並みはふわふわで、目はつぶらで可愛い。しかし、前足が四本、後ろ足が二本あるという時点で、ウサギの概念が揺らぐ。異世界の生物学とは、どうなっているのだろうか。
六本足ウサギ(仮)は、のんびりと草を食んでいる。まったく警戒心がない。
「……チャンス、なのでは?」
俺はじりじりと近づき、手近な石を握る。
──バッ!
石を投げると、見事に命中。六本足ウサギ(仮)は「ピギャッ!」と妙な悲鳴を上げ、びくびくと震えた後、動かなくなった。
俺は呆然とその場に立ち尽くした。
……やってしまった。
狩猟本能というものは、突然目覚めるものらしい。だが、ここで満足してはいけない。問題は、この六本足ウサギ(仮)をどうするか、だ。
──解体である。
当然ながら、俺に解体の経験などない。しかし、この世界ではスキル取得という便利な機能もなければ、ステータス画面も開かない。頼れるのは己の知識と度胸のみ。
「よし……やるしかないな……」
俺は拾った石で、慎重に毛皮を剥ぎ、肉を切り分けていく。
──ぐちゃっ。
──びちょっ。
「……」
──うおおおおおおお!!!グロすぎる!!!
内臓が! なんかぬるぬるしたものが! 血が! くさい!
生き物とはかくも内側が恐ろしいものなのか。俺は思わず顔をそむけたが、ここでやめたらすべてが無駄になる。深呼吸して気を取り直し、なんとか肉を取り出した。
「……これで、焼けば食えるはずだ」
俺は先ほどの焚き火のそばに肉を持って行き、石の上に並べる。じゅうっと脂が落ち、香ばしい匂いが立ちのぼる。
「……おおおおお!!!」
これは! まさしく! 肉の匂い!
香ばしく、ジューシーで、食欲をそそる。俺はついに異世界でまともな料理を作り上げたのだ。
「いただきます!」
──がぶり。
肉は驚くほど柔らかく、ほんのり甘みがある。炭火の香ばしさが加わり、最高の味わいだ。
「……これはすごい、めちゃくちゃうまい!」
まさか異世界のウサギがこんなにも美味とは。俺は感動しつつ、もう一口、もう一口と食べ進める。
しかし──
──その瞬間、脳内に奇妙な感覚が流れ込んできた。
「……ん?」
胸の奥に、じんわりと広がる不思議な感覚。それは──
「……感謝?」
言葉ではない。しかし、確かに伝わってくる。「ありがとう」と、誰かが囁いているような、そんな気持ちだった。
俺は、手に持った肉を見つめた。
「まさか……このウサギ、意思を持っていたのか……?」
ただの動物のはずが、何かしらの意識を持っていたように思えてならない。
──異世界の生き物には、何か特別なルールがあるのかもしれない。
俺は静かに手を合わせ、六本足ウサギ(仮)に祈った。
「……いただきます。そして、ごめんな」
そうして、俺の異世界無人島サバイバルは、またひとつ深みを増したのだった。