28 繁殖実験
温泉というのは、人生のすべてを解決する。そう信じたくなる瞬間がある。
俺は異世界に飛ばされて以来、狩り、農業、道具作りと、まるで原始人のような生活をしてきた。そんな俺にとって、温泉の発見は文明の象徴であり、努力の結晶であり、すなわち勝利の証であった。だが、人生というのはどうにも単純にはいかない。せっかく湯の恵みに感謝していたら、妙な獣人の少女が倒れていたのだ。
リュナ。彼女はこの温泉の秘密を探るために来たらしい。そして、この泉が「進化の泉」と呼ばれるものであることを俺に教えてくれた。ここの成分を吸収した生命は、成長を促進され、時には進化すらする。実際、温泉周辺の植物は異様なまでに生気に満ちていたし、六本足のウサギ(仮)もこの近くの草をかじっただけで、体毛が輝き、瞬く間に成長していた。
つまり、この温泉は、ただの湯ではない。生命を変えてしまう湯 なのだ。
さて。
俺がそんな驚異の温泉を前にして何を考えたかといえば、「これを応用したらもっと面白いことができるのでは?」ということである。
異世界サバイバルの基本は、観察、実験、そして応用だ。俺はさっそく、温泉の周囲に生えていた奇妙な植物を観察することにした。中でも特に気になったのが、「生命の種」 と名付けた果実のようなものだった。
形状は小さな木の実に似ているが、触れるとほのかに脈打っているように感じられる。まるで何かの鼓動のようだ。
これは、試してみるしかない。
ということで、まずは六本足のウサギ(仮)に与えてみることにした。
──ウサギ(仮)は、興味深げに種を嗅ぎ回った後、ぱくりとそれを食べた。
──次の瞬間。
ウサギ(仮)の体が一瞬、ぼんやりと発光したかと思うと、急激に成長し始めた。
いや、待て、成長速度が異常だ。
数秒のうちに、体はひと回り大きくなり、筋肉が引き締まり、毛並みがより滑らかに、光沢を帯びる。だが、それだけでは終わらなかった。
──その直後、ウサギ(仮)は、もう一匹のウサギ(仮)に寄り添い、体を震わせたかと思うと……
「おいおいおい……嘘だろ?」
俺は目の前の光景に言葉を失った。
ペアになったウサギ(仮)たちは、互いの身体を重ねるようにして動き、次の瞬間、彼らの間から新しい個体が「分裂する」ように生まれた のだ。
「……え、何? 繁殖って、そういう感じなのか?」
俺は目をこすったが、見間違いではない。そこには確かに、新しい小さなウサギ(仮)がちょこんと座っていた。
通常、生命の誕生というものは長い時間をかけて行われるものだ。それが、数秒の間に、目の前で完了してしまったのである。
「……つまり、"生命の種" を食べると、ペアになった生物が急成長し、新しい個体を生み出すってことか?」
リュナが驚いた表情で俺を見た。
「まさか……この世界の『進化』って、こういう形で行われていたの?」
俺は腕を組んで考え込んだ。
もしこの現象を人間に応用できたら?
知的生命体の繁殖を加速できるかもしれない。
……いや、待て待て待て。
俺は自分の考えにゾッとした。そんなことになれば、人間社会はどうなってしまうのか。恋愛? 結婚? 出産? そんな悠長な過程をすっ飛ばして、「進化の種を食べたペアが数秒で新しい個体を生み出す」などという状態になれば、それはもう生命のあり方そのものが変わってしまう。
「……これは、慎重に扱わなきゃいけないな」
俺は深く息を吐いた。とりあえず、"生命の種" はしばらく封印しておくべきだろう。
だが、その考えを実行に移す前に、俺はさらなる奇妙な出会いを果たすことになる。
温泉の発見と、生命の種の実験に夢中になっていた俺は、しばらく森の探索を怠っていた。しかし、そろそろ食料の確保も必要だし、何よりも周辺の地形を把握しておくのは重要である。
そう思い、リュナとともに森の奥へと足を踏み入れた。




