2 水を求めて
人間、絶望というものを知ると、なぜか冷静になるらしい。
例えば、勇者として召喚されるはずが、気がついたら無人島で放置されていたとしよう。最初は当然、現実を受け入れられず、海に向かって「誰かいませんかー!?」と叫んだり、砂浜に「HELP」と書いてみたり、ヤシの木に登って無意味に遠くを見渡してみたりする。
しかし、何をしても無駄だった。
俺は悟ったのだ。ここには誰もいない。この島には、俺一人しかいないのだ。
「……となれば、やるべきことはひとつ」
水を探すことである。
幸い、俺はまだ冷静だった。無人島における最優先事項は、水の確保。人間は水がなければ三日と持たない。だが、砂浜を掘っても塩水しか出てこないし、椰子の実はあいにく見当たらない。となれば、森の奥に進むしかない。
──そして、俺は運命の川を見つけた。
森を抜けると、そこには信じられないほど澄み切った青い川が流れていた。まるでガラスのように透明で、川底の石までくっきりと見える。木漏れ日が水面に反射し、キラキラと輝いている。
「おお……まるで神々の祝福を受けたような……」
俺は感動に打ち震えながら、川に手を突っ込んだ。ひんやりと冷たく、心地よい。手のひらをすくい上げて、水をじっくり観察する。
「……飲めるのか?」
ふと、違和感を覚えた。水面には、奇妙な光る藻のようなものが漂っている。まるで青白い蛍光灯の破片が揺らめいているようだ。
「……うん、まあ、異世界だしな」
多少のことには驚かなくなっている。下手に躊躇して脱水症状になるよりは、一か八か飲んでみたほうがいい。俺は意を決して、手のひらの水を口に含んだ。
──ごくり。
冷たい。美味い。そして……
「……お?」
体の内側からじんわりと温まるような感覚が広がっていく。まるで温泉に浸かったときのような心地よさがある。喉の渇きが潤されるだけでなく、全身に力がみなぎるようだ。
「これは……すごいな」
まさかの回復効果つき。異世界らしさがようやく出てきた。
さらに俺は、川辺で奇妙な果実を発見した。
見たことのない形状で、大きさはリンゴほど。表面はうっすらと紫がかった色をしており、わずかに発光している。これは……危険な気配がする。しかし、俺の選択肢は限られている。
──食うか、飢え死にするか。
しばし逡巡したのち、俺は思い切って果実を割ってみた。
中は鮮やかな黄金色。香りを嗅ぐと、ほんのり甘い匂いがする。未知の食材ではあるが、腐敗した臭いではない。こういう時、人間の本能を信じるのが一番だ。
──かぷっ。
歯を立てた瞬間、果肉がほろりと崩れ、爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。
「……うまい!」
そして、それだけではなかった。食べるごとに、体の疲れがじわじわと消えていくのだ。腹の底から力が湧き上がるような、不思議な感覚。
「これは……まるでゲームの回復アイテムでは?」
俺は思わず果実をまじまじと見つめる。異世界の食べ物には、どうやら特別な性質があるらしい。
しばらく川辺で水を飲み、果実を食べて、ようやく人心地がついた。
「これなら……案外、生き延びられるかもしれないな」
俺は立ち上がり、大きく背伸びをする。水があり、食料があり、回復効果まであるのなら、サバイバル生活もなんとかなりそうだ。問題は、ここに俺以外の生物がいるかどうか……
その時、森の奥から風が吹き抜け、木々がざわめいた。
「……ん?」
何かが、いる。
不意に、背筋がぞくりとした。
俺は思わず周囲を見回したが、何も見えない。しかし、確かに気配がある。まるで森そのものが生きているかのような、重たい静寂。
「……いや、気のせいか?」
そう思おうとした矢先、木々の合間に、かすかに光るものが見えた。
目だ。
暗闇の中で、無数の目がこちらを見つめている。
俺の心臓がどくんと跳ねた。
「……お、おいおい、冗談だろ?」
異世界の夜が、恐ろしいものであるということを、俺はこの時初めて知ったのだった。