18 釜戸と料理
火と水を手に入れたなら、次にすべきことは決まっている。
煮炊きである。
かまどを作らなければならない。火を効率よく使うための調理設備が必要だ。人間は火を操り、料理を発展させてきた。生の肉を焼けば雑菌が減るし、煮込めば食材の栄養を余すことなく摂取できる。
これはただの生存のための作業ではない。文化の始まりなのだ。
「さて、石を積むか」
幸い、この島には大小さまざまな石がある。適当に拾い、円形に並べ、適当に積み上げてみる。
──崩れた。
「うん、知ってた」
構造を考えなければならない。試行錯誤の末、石を組み合わせ、安定したかまどの形にする。適度な通気口を確保し、火を起こしやすくする。
かまどが完成した瞬間、俺は「ふぅ」と大きく息をついた。これはただの石の積み上げではない。異世界における文明の第一歩なのだ。
次は料理である。
水を鍋に張り、食材を次々と放り込む。
六本足ウサギ(仮)の肉。
森で採れたキノコ。
香りの良い葉っぱ。
そして、先日見つけた青白く光る苔。
「……いや、待て」
この苔は本当に食べて大丈夫なのか?
**異世界の植物には、たいてい予想外の効果がある。**これまでの経験から言って、この苔も例外ではないだろう。もし、これを煮込んだスープを飲んだ結果、身体が透けて幽霊化するようなことになれば、さすがに困る。
だが、俺は知っている。
異世界において、未知の食材を調理することは「力を引き出す」行為である。
火を入れることで、食材の秘めた特性が解放される。生で食べればただの草でも、煮込めば回復薬になるかもしれない。俺は決断し、苔を鍋に放り込んだ。
ぐつぐつと煮えるスープから、これまでにない濃厚な香りが立ちのぼる。
「……これは」
湯気を吸い込んだだけで、体がぽかぽかと温まる。
これはただの食事ではない。エネルギーの塊だ。
俺は木のスプーンを手に取り、一口すする。
──ドクン。
「……おお?」
体の内側から、じんわりとした力が湧いてくる。まるでスープそのものが体を活性化させる何かを含んでいるかのようだ。
試しに腕を曲げてみると、わずかに力が入りやすくなっている気がする。
「まさか、これ……筋力増強スープか?」
俺は興味をそそられ、別の食材を使ったスープも試してみた。
六本足ウサギ(仮)の肉を多めにしたスープを作ると、今度は体がぽかぽかと温まり、持久力が増す感覚がある。
キノコを中心にしたスープを作ると、視界がややクリアになるような……?
「やはりか」
この世界の食材は、煮込むことでその効果を発揮するらしい。つまり、調理技術を高めれば、食事で身体能力を強化できるということだ。
ここで、もし俺が異世界のチートスキル持ちだったなら、どうなっていたか。
おそらく、ここで「料理スキル・極上」が発動し、俺は「ステータス強化料理」を量産できるようになるのだろう。**「このスープには筋力+10の効果がある」とか、「この料理を食べると、10分間視力が倍になる」**みたいな説明が勝手に脳内に浮かぶのだろう。
しかし、俺はスキルを持っていない。俺がやっているのは、ただの実験と観察だ。
それでもいい。
この世界の法則を、俺は手探りで見つけていくしかないのだから。
俺はさっそく、異世界食材の特性を調べるために、スープの種類を増やし、効果を記録することにした。
たとえば、森の奥で見つけた赤い実を入れると、ほんのり甘みのあるスープができた。このスープを飲むと、一時的に寒さを感じにくくなる。
根菜を入れると、やや重たいスープが完成し、飲んだ後に持久力が上がる感覚がある。
「これは面白くなってきたぞ……!」
俺の異世界生活は、ただの生存競争ではない。
俺は知ってしまった。料理には、まだまだ未知の可能性が秘められているということを。
──食事とは、ただ生きるためのものではない。
食事とは、力だ。
かまどの火が、パチパチと燃えている。湯気が立ち上り、鍋の中では異世界のスープがぐつぐつと煮え続けている。
俺は次々とスープを作りながら、ふと考える。
「さて、次はどんな組み合わせを試そうか?」
試行錯誤の末に生まれるものこそが、進化の第一歩なのだ。
俺はスプーンを握りしめ、次なるスープの研究に取りかかった。