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124 海より来るもの

 港の見張り台に立った俺は、人生でこれほど静かな恐怖に包まれたことがあっただろうかと自問した。水平線の彼方、ゆらゆらと揺れる黒い影。最初は海鳥かと思った。次に、難破船の残骸かと。しかし、双眼鏡を覗いたリュナが「……あれ、動いてるわよ」と呟いた瞬間、すべてが変わった。


 それは、帆を張った船だった。いや、船団だった。五隻か、六隻か、いや、十は超えている。統率された動き。荒くれ者たちの魂を詰め込んだかのような黒塗りの船体。そして、あの奇妙な“角”のような意匠。どこか既視感があると思ったら、昔地球で見た「バイキング」という言葉をふと思い出した。


 「……どう見ても、略奪目的だよな」俺はつぶやいた。


 「うん、あれは魚取りに来てる顔じゃないね」リュナは真剣に耳をピクリと動かす。彼女は今や、都市の戦術的な嗅覚を持つ一角だ。


 港から伸びる街道には、既に魔素ランタンが設置されている。ゴーレム警備隊も配備され、通貨制度すら整ったこの都市──否、都市を志す“街”は、いま静かに呼吸を止めた。


 「……ライク、状況どう?」俺は傍らの狼獣人に訊ねた。彼は元・森の住人、そして今や街の軍師のような立ち位置だ。


 「追い風に乗ってきますね。今夜には接岸の可能性もあります」


 淡々とした口調が、逆に胃にくる。


 街は、成熟したと思っていた。ゴーレムが農業を行い、魔素の流れを読み、水門が自動で開く。光るキノコは街灯になり、六本足ウサギ(仮)は教育を受け、滑空ウサギすら偵察を担う。しかし──今、目の前の海から押し寄せるのは、“異文化”という名の暴風である。


 そして、俺は知っている。異世界において、“暴風”が来たとき、逃げる者は潰され、迎え撃つ者は変わる。


 「……俺たち、迎え撃つんだよな?」


 「うん。街ってのは、牙がないと守れないものだからね」リュナはさらりと言う。


 「守りの準備は整っています」ライクは冷静に、しかし誇らしげに言った。「動く石壁、誘導式の魔素トラップ、強化された投擲機構……どれも、あなたの試行錯誤の成果です」


 言われてみれば、その通りだった。俺は火を起こし、槍を作り、食を確保し、石を組んで家を建てた。魔素結晶を削り、光を灯し、音を記録し、浮遊する素材を拾い集めた。そのすべてが、この街を形づくってきた。


 つまり──


 「戦うってのは、今まで積み上げたものを試すってことか」


 「違うわよ」リュナがにやりと笑う。「積み上げたもので、“生き残る”ってこと」


 なるほど。それはそうだ。


 港には、既に住民たちが集まりつつあった。市場の店主、教育者、芸術家、狩人たち。かつての漂流者が今や都市の礎を担い、それぞれの役割を果たしている。誰も逃げようとせず、皆が自分の持ち場に走っていく。


 俺はその姿を見て、なぜか笑っていた。


 「なんだよ……俺たち、けっこう“街”してるじゃん」


 異世界に来て、何もなかったところから始めた。それが今や、誰かの居場所になっている。ならば、守るしかないだろう。この奇妙で、温かくて、ちょっと面倒な“街”を。


 「非常鐘を鳴らして」俺は言った。


 ライクが静かに頷き、腕を上げる。


 街の空に、カァァン……と高く澄んだ鐘の音が響いた。


 俺は叫んだ。


 「これより、我ら都市“未命名”は、初めての敵と対峙する!」


 その言葉に、街の空気が変わった気がした。火薬の匂いも、焦燥も、もう始まっている。


 遠く海の向こう、黒帆が風を裂いて迫ってくる。


 戦いが、始まる。

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