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120 地の底の恵み

 地面というものは、そもそも“足元にあって当たり前のもの”である。


 それが突然、「掘りなさい」と語りかけてきたとき、人間というものはおそろしく従順になる。なぜなら、人間とは本質的に“隠されたもの”に弱い生き物だからだ。


 その日も俺は、無為に空を眺めながら団子をかじっていた。


 空は、何もくれなかった。


 代わりに、「地面」がくれた。


 「地下で、魔素が共鳴している!」と叫びながら走ってきた技術班の青年は、頬に泥をつけていた。おそらく顔から滑り込んで地面にキスした直後だったのだろう。そんな信憑性のある顔で言われたら、聞くしかない。


 「それで……どうするんだ?」


 「掘りましょう!」


 ──だろうな。


 とはいえ、この街は今や、“すぐ掘る連中”と“慎重に掘る連中”の両方が揃っている。今回は後者が勝った。


 まず、広場の端から静かに掘削が始まった。地面は分厚く、硬く、そして妙に無言だった。俺は思った。地面にも“考える時間”というものがあるのかもしれない。


 出てきたのは、魔素に染まった鉱石だった。


 赤、青、黒、鈍い金属光沢のものまで──色も、手触りも、なぜか匂いすらも違う。ひとつとして同じ顔の石がない。まるで“宝石の性格診断会”のようである。


 「これは……使えるぞ……!」


 技術班の一人が震える声でそう言った。あの顔は、すでに「素材と結婚することに決めた者」の表情だ。祝福はしないが、祝詞くらいは用意しておこう。


 ただ、問題は出土量ではなかった。


 問題は、掘った穴そのものだった。


 「崩れます」「落ちます」「人が挟まります」


 ──不安材料の見本市か?


 その対策として、地下には“鉱山整備部”が編成された。仰々しい名のわりに構成はほぼ土木屋と木材職人で、合言葉は「支えろ」。

 地中に梁を通し、壁を補強し、魔素の流れを遮断しないように換気孔をつくり──その様子は、もはや“慎重すぎる家作り”だった。


 そこへ、レイヴィアが現れた。


 「……ここが、陸の人々が“地を掘る場所”ですね」


 例によって、完璧な姿勢と完璧な敬語で、彼女は地面を見下ろしていた。

 水に濡れてもいないのに濡れたように見えるその髪に、どことなく“海の鏡写し”のようなものを感じた。


 「海には……こういう場所はありません」


 「だろうな。お前ら、基本的に“浮く側”だしな」


 「私たちは沈むことを嫌います。沈むということは、沈黙を意味するから」


 なんだその詩的な反応は。


 だがレイヴィアは、真剣だった。


 「ですが──この場所は、美しい」


 「え?」


 「地の底から、命を灯す材料を掘り出す。傷をつけるようでいて、その実、“未来を引き出している”。そう見えます」


 彼女の目は、魔素に染まった鉱石よりもよく光っていた。


 ──おいおい、人魚姫、掘削に目覚めるなよ。


 それでも俺は、心のどこかで頷いていた。


 俺たちは今、“世界の見えない側”を相手にしている。

 慎重に、丁寧に、だが確かに一歩ずつ進んでいる。


 掘削が進むごとに、街の技術班は狂喜し、経済班は計算に狂い、商人たちはすでに“地下ラベル”の商品タグを用意していた。


 俺は、ぽつりと思った。


 ──地の底には、富がある。それは物質の話ではなく、未来の話だ。


 この街は、空も海も地も手に入れてしまったら、一体どこへ行くんだろうか。

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