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12 農耕の試み

 六本足ウサギ(仮)や謎の水生生物を狩り、干し肉や焼き魚を確保し、小屋も建てた。これで俺の異世界サバイバルは安定した……かに思えた。だが、人間というのは一度安定すると、次の欲を求め始める生き物である。


 「……野菜が食いたい」


 文明が崩壊してなお、サラダを求めるとは。だが、考えてみれば当然だ。毎日肉ばかり食べていると、どうにも口の中が油っぽい。ビタミンが足りない気がするし、いずれ栄養バランスが崩れて体調を崩すのは目に見えている。


 異世界だろうが、生きるためには農業が必要なのだ。


 そうと決まれば、まずは種を探さねばならない。幸い、俺の拠点の周囲には奇妙な果実が豊富に生っている。以前食べた透明なゼリー状の果実や、甘い香りのする紫色の実などを手に取り、その種を慎重に取り出した。


 「よし、これを植えてみるか」


 俺はナイフで地面を掘り、種を埋める。土をかぶせ、水をやる。


 あとは待つだけだ。


 ──しかし、待てど暮らせど、芽は出なかった。


 一日経ち、二日経ち、三日経ったが、地面の様子はまったく変わらない。いや、むしろ種がそのままの状態で埋まっているような気さえする。


 「おかしいな……」


 試しに種を掘り返してみると、なんとまったく発芽の兆しがないどころか、昨日埋めたばかりの種と見分けがつかないほどピカピカの状態であった。まるで時間が止まっているかのように、何の変化も起こっていないのだ。


 これはおかしい。俺は畑の土を指でつまみ、しげしげと眺めた。異世界だからといって、種の発芽に必要な条件がまったく違うということなのか? もしかすると、単に土が悪いだけかもしれない。しかし、何か決定的な「足りないもの」がある気がしてならなかった。


 俺は拠点周辺の植物を観察しながら、その謎を解くヒントを探した。そして、ふと気づいたのは、森の奥でやたらと巨大な草木が生い茂っているエリアがあるということだった。


 「……あの辺の土壌は、何か違うのか?」


 試しに森の奥へと足を踏み入れ、地面を掘ってみた。すると、ある異変に気がついた。


 「……ここの土、湿ってる?」


 明らかに拠点周辺の土とは違い、しっとりとしている。それどころか、触った指先がほんのりと青く発光しているではないか。


 「……まさか、これが成長の鍵か?」


 俺は辺りを調べ、この土の湿り気の元を辿っていった。そして、ある川のほとりにたどり着いた。


 その川の水──微かに光っていた。


 「発光する水……?」


 慎重に手を浸してみると、わずかにぬるりとした感触がある。見た目は普通の水だが、どうも普通の水とは違う気がする。試しに小さな石を水に沈めてみると、数秒後、その石の表面がほのかに光り始めた。


 「……これは、もしかして“魔素”が含まれてるのか?」


 異世界なのだから、魔法の力が存在しても不思議ではない。そして、この光る水は、魔力を秘めた特別な水──「魔素水」なのではないか? そう考えた俺は、さっそくこの水を持ち帰り、畑に撒いてみることにした。


 ジョロジョロと畑に魔素水を撒く。すると──


 ──ボワッ!


 突然、土の中から小さな芽が顔を出した。


 「おおっ!?」


 今までまったく発芽しなかった種が、あっという間に芽を出したのだ。やはり、この世界の植物は魔素を養分にして成長するらしい。つまり、魔素のない普通の水では発芽しないのだ。


 「なるほど……これは使える!」


 俺は畑の種に次々と魔素水を撒き、発芽の様子を観察した。すると、たった数時間のうちに双葉が広がり、茎が伸び始めるではないか。魔素水を適度に与えることで、植物の成長速度が驚異的に上がるのだ。


 しかし、ここで一つ問題が発生した。


 調子に乗って魔素水を多めに撒いたとき、それは起こった。


 ──ゴボッ。


 地面が、不気味に蠢いたのだ。


 「……ん?」


 畑に植えたはずの小さな苗が、妙な動きを始めた。葉が異様に大きくなり、茎がぐにゃりと曲がる。まるで何か別の生物に変化しようとしているような、不吉な気配を感じた。


 「おいおい、ちょっと待て……」


 俺は慌てて水やりをやめた。すると、苗の異形化はピタリと止まり、やがて普通の植物に戻った。


 「……魔素水の使いすぎは、危険かもしれないな」


 どうやら、この水には適量があるらしい。少し撒けば成長を促すが、過剰に与えると植物の形状そのものが変化してしまう。


 魔素水を使えば農業が可能になる。しかし、慎重に扱わなければならない。


 異世界の自然は、ただ恵みを与えるだけではなく、時に予測不能な影響を及ぼすのだ。


 「まあ、使い方を間違えなければ大丈夫だろう」


 俺はそう自分に言い聞かせながら、発芽した苗を丁寧に育てることにした。こうして、異世界での農業の第一歩が踏み出されたのだった。

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