116 技を継ぐ場所
技術の香り、というものがあるならば、それはきっと焦げた鉄と汗と、自信と失敗の入り混じったにおいだろう。
そして今、そのにおいは俺の鼻に容赦なく突き刺さっている。
ここは鍛冶ギルド──正式名称はもっと長ったらしいが、要するに“ものづくりの巣窟”である。街の端に建てられた、元はただの倉庫だった場所。だが今や、昼も夜も火が灯り、鉄が叩かれ、人が叫び、何かが爆発している。
これは比喩ではなく、さっき本当に小型炉が軽く破裂した。被害は水をかぶった鍋と、一部の見習いのプライドのみで済んだ。奇跡だ。
炉の前では、獣人の鍛冶師が今日も咆哮していた。
「火が眠ってるぞォッ! 火を起こせ! 鉄を叩け! 魂で焼けッ!」
もはや火事としか思えない温度の中で、見習いたちは顔を真っ赤にして作業している。
汗と叫びが飛び交う中、誰かが「これ、もしかして鍛冶じゃなくて修行では……」と呟いた。俺もそう思う。
だが、不思議なことに、ここには“発展”がある。
見渡せば、妙な道具があちこちに転がっている。斧のようで斧でないもの、鍋のようで背中に背負うと温まるもの、叩くと火花が出るのに誰も使い方を知らない槌。用途不明の発明が、棚や床や隅っこの布の下にひしめいている。
だが、そんな“よく分からないもの”の山の中から、時折“ちゃんとした何か”が生まれるのだ。
先週まで曲がってばかりだった刃が、今日ついに真っ直ぐ仕上がった。
何に使うのか分からなかった棒が、魔素反応で素材加工に向いていると判明した。
見習いが思いつきでやった槌の角度調整が、なぜか全体の作業効率を二割向上させた。
失敗が土台になり、偶然が閃きになり、工夫が技になる。
そんな現場に、今日もあの娘が来ていた。
コール。森の一族。かつて“風を読んで”この街にやってきた、三耳の不思議な娘。今は鍛冶師でもないのに、なぜか毎日のようにギルドに現れては、炉の前に座り込んでいる。
特に何をするでもない。ただ見ている。火の揺れ、職人の手、飛ぶ火花。見習いの癖。工具の並び。無言でじっと観察している。
「風、今日は流れてませんね」
と、たまに意味深なことを呟いたりするが、それが的を射ているかどうか、誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなのは、彼女が見ている場では、なぜか火が暴れない。道具の調子が良くなる。見習いが失敗しない。偶然にしては出来すぎている。偶然だとしたらそれもまた技術の一種だ。
獣人の鍛冶師は叫び、漂流者の鍛冶師は無言で斧を磨き、見習いたちは叫びと無言の間をふらふらしながら、少しずつ何かを掴んでいく。
俺はその様子を見ながら思った。
この場所には、未来が生まれている。
大げさな意味じゃない。空を飛ぶ機械でも、時間を止める道具でもない。ただ、「昨日より少し良いもの」が、今日もどこかで生まれている。
誰かの手が、誰かの目が、誰かの失敗が、それを形にしていく。
それはまだ未完成で、未整理で、ちょっと焦げ臭くて、妙にうるさい。
だけど確かに、未来の形をしている。
それが、俺の見た鍛冶ギルドだった。