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108 議会の始まり

 俺はかねてより、「話し合い」という行為に対して、ある種のアレルギーを抱いていた。


 そもそも、話し合いとは不穏の種である。なぜなら、話すとは主張することであり、主張するとは違いを浮き彫りにすることであり、違いが浮き彫りになれば、あとはもう戦だ。意見とは戦の火種であり、話し合いとは、文明の仮面をかぶった野蛮の宴である。


 ところが、である。


 この異世界に来て以来、「話し合いの必要性」なる亡霊が、俺の生活の隙間を這い回っていた。特にここ最近、街に漂流者が増え、獣人が増え、人魚が増え、ゴーレムが自己主張を始めた辺りから、その亡霊はふわふわと具現化し始めた。ついに──ついに、である。エリスが言ったのだ。


 「議会を作るべきです」


 その時の俺の心中といったら、ちょうど日曜日の夕方、のんびりとした昼寝の余韻に浸っていたときに、町内会長がチャイムを鳴らして、「草刈りに出てください」と言ってきたときのようなものであった。


 議会だと? 誰が? 何を? どこで? どのように? なぜ? いま? この俺の静かな生活を、なぜそんなものでかき乱すのか?


 だが、エリスの声は、森の風のように静かで、それでいて切れ味鋭く、たちの悪い質問を全て切り伏せた。


 「このままでは、いずれ無秩序が村を飲み込むわよ」


 うむ、そう言われればそうかもしれない。


 なぜなら最近の俺は、誰かが話しかけてくるたびに、目を半開きにしながら「そうだな」とか「わかった」とか言っているだけで、実際には何もわかっておらず、ただ目を閉じるタイミングを見計らっていただけだったからである。


 「だが、議会となると、誰が出るんだ?」


 その問いに対し、エリスは手元の羊皮紙をスッと掲げた。もう用意されていた。何という段取り力。


 「各種族、各分野、各地域から代表を選んだわ」


 そこには、フィオナ、セリア、リュナ、レイヴィア、コール、そしてカズマの名があった。


 「なぜ俺は入っていない?」


 「あなたは……議長だからよ」


 やめてくれ。


 そのとき、俺は確かに幻視した。壇上に座る自分。目の前にはあらゆる種族の代表たちが、己の正義を燃料に火花を散らし、机を叩き、魔素をぶつけ合う姿。俺はその中央で、議事進行という名の地獄に突き落とされる。


 だが、現実はいつも幻視よりさらに厄介である。


 議会初日。集まった面々は、予想以上にやる気に満ちていた。


 フィオナは既に鎧を着ており、「議場が襲われたときの対応について提案がある」と言った。セリアは魔道具のメモ帳に数十ページの魔素理論を書き連ねて持参した。リュナは干し肉を抱え、途中で飽きても困らないようにと準備万端。レイヴィアは水槽付きの椅子に座り、「海の民の視点からも意見があります」ときらきらした瞳で主張。高級ウサギのコールは終始にこやかに座っていたが、なぜか誰よりも存在感が強く、誰も逆らえなかった。そしてカズマは──


 「お疲れ様です! 皆さんの合意が得られれば、街路の曲率を調整し、太陽の移動に合わせた影の長さから街の中央点を再定義する計画を立てています!」


 と元気よく言った。


 「意味がわからん」


 俺はそう返した。正直な感想である。


 その後、議会は順調に混沌へと突入した。魔素流通の管理権限。獣人の狩猟区画の拡張。人魚族の陸上滞在時間延長に向けた魔素補給支援制度。ウサギ族の跳躍訓練場問題。ゴーレムの人格権。漂流者の再定住支援法。その他諸々。


 みな、言いたいことが山ほどあったのだ。


 俺はその様子を、壇上でとろけそうな顔で眺めていた。


 ──しかし、だ。


 不思議なことに、騒がしくも不協和音ではなかった。言葉が飛び交い、意見が衝突し、価値観がねじれながらも、そこには奇妙な連帯感があった。


 話すことで、皆、自分がこの世界にいることを確認していた。


 この村が、誰かの夢ではなく、確かに今ここにある現実だということを。


 そして俺は思った。


 ──議会というのは、秩序を生むものではなく、混沌に耐えるための知恵なのかもしれない、と。


 その夜、議会はひとまず「次回もやる」という謎の一致団結で幕を閉じた。誰も何も決めなかったが、皆が何かを得たようだった。


 エリスがそっと近づいてきて、小さな声で言った。


 「……よく、耐えましたね」


 俺はその言葉に、少しだけ救われた気がした。


 ──ただし、次回からは誰か他のやつが議長をやれ。頼む。

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