106 ゴーレム再編成
気づけばこの街には、土くれの巨人がそこかしこをのっしのっしと歩いている。
誰が見ても、そこにいるのはゴーレムだった。巨大で、無表情で、ものすごく働き者──だが、驚くほど存在感がない。というのも、あまりに当たり前のように土を運び、壁を築き、野菜を収穫しているため、誰も改めて「すごい」と言わないのだ。
彼らは今や、街の基盤そのものである。なのに、俺の語りにはほとんど登場していない。これはどう考えてもおかしい。こんなに働いてるのに。こんなに黙々と忠実なのに。彼らの立場からしたら、さぞ不満だろう。きっと深夜、ゴーレム工房の片隅で、こっそりゴーレムだけの議会が開かれているに違いない。
「我々は労働しているのに、描写されない」
「ナレーションの中で、全然存在感がない」
「われわれは、ただの背景ではないのだ」
そんな小声の抗議が、石の唇からこぼれていそうな気がしてならない。
そもそも、初期のゴーレム開発に関わった俺は、今でこそ“仕組みをつくった人”扱いされているが、実際にはそのほとんどがエリスとセリアの執念によるものである。
あの頃、俺はたしかに「人口生命体がいれば便利じゃない?」とか、「土をこねれば動くんじゃね?」とか、そういうレベルの発言をしていた気がする。だがそれを真に受け、実際に動かし、育て、拡張し、分岐進化までさせたのは、完全に彼女たちだった。
「動力には魔素結晶を使うのよ。だけど結晶の安定性が低いと、暴走するわ」
「逆に、安定させすぎると、朝から晩まで石像のふりするようになるってば」
そんな議論が、かつてゴーレム開発室と呼ばれていた小屋で、連日交わされていた。
俺はその間、というと──となりの木陰でうたた寝していたり、芋を焼いていたり、たまに「いいじゃん、かっこいいじゃん」などと、何の助言にもなっていない感想を述べていた。
それなのに、いざゴーレムが街の至るところで活躍しはじめると、「やっぱり、あの人が最初に言い出したんですよね」とか、「ビジョンがあったんでしょうね」とか言われる始末である。ビジョンといえば、俺のは目を閉じるとすぐ眠くなるタイプのそれである。
今では、ゴーレムは完全に“街の空気”になっている。
農業用の耕運ゴーレム、建築現場の積載ゴーレム、警備巡回型の「ちょっと怖い」ゴーレムまで揃っていて、しかも彼らは交代制で働く。なぜなら、魔素の循環効率の都合上、稼働しすぎると発火するおそれがあるからだ。
「労働と火災の境界は紙一重なんだよね」とエリスは言う。
「人間も、働きすぎると燃え尽きるし」とセリアが返す。
このふたりの会話はいつも、さらっとしていて、恐ろしく正確で、少しこわい。
今回の“再編成”と呼ばれる改良プロジェクトでは、特に動力の安定化が焦点だった。魔素結晶の濃度を調整し、定期的な自動排熱機構をつけ、エリスが発明した「魔素発泡フィルター」によって、ゴーレムは“蒸れにくく”なった。
「土でできてるのに蒸れるのか」と俺が問えば、
「意外と蒸れるよ」とセリアが即答した。
さらに、今回から導入されたのが“簡易判断モード”だ。
これはつまり、ゴーレムが「地面がぬかるんでいるから、別の道を選ぼう」くらいの判断を、自律的にできるようになったということだ。すごい。ほとんどタクシードライバーである。いや、そこまではいかないか。せいぜい、町内会の分別ゴミ回収担当くらいだ。
それでも、街の人々の反応は上々だった。
「うちの子より気が利く」「いつの間にか、畑が耕されてる」「怖いけど助かる」など、評判は上がる一方。唯一の欠点は、「表情が変わらないこと」だった。
が、これは俺にとってはむしろ長所だった。
人間の方が、余計な表情で誤解を生む。
ゴーレムはただ働く。黙って、誤解されず、文句も言わず。そういう生き物は、今の時代、意外と貴重である。
――それにしても、だ。
ここまで重要な存在になっておきながら、俺の語りにほとんど出てこなかった彼らは、果たしてどんな気持ちだっただろう。
「おれたち、モブじゃないんですけど?」
「せめて名前をください」
「たまには、主役回とか、欲しいです」
夜な夜な、ゴーレム工房の片隅で、石の声が小さく揺れている気がした。
いや、気のせいかもしれない。気のせいであってほしい。
だってもし本当に、彼らが“気持ち”を持ち始めていたら──それはもう、「再編成」どころではない、“蜂起”である。