表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/137

100 共存宣言

 宣言というものは、だいたい後出しじゃんけんである。

 それは「もう始まってしまったこと」を、あたかも今から始まるように見せかける虚飾の舞台装置であり、「実は俺たち、けっこううまくやってたよね?」という都合のいい振り返りである。

 この世界でも前世でも、「よく考えて始めたこと」なんてものは、滅多にない。


 ゆえに、本日ここに集まった住民一同──人、獣人、人魚、六本足ウサギ(仮)──が目撃することになる「異種族共存の正式宣言」も、まったくもって間が抜けている。


 なにせ、すでに人魚は陸で肉を焼いてるし、ウサギは謎の記号で会話してるし、獣人は筋肉で街の建材を曲げた。

 この状況で「今から仲良くします!」と言うのは、風呂上がりに「これから風呂に入ります」と言い出すようなものである。


 ……にもかかわらず、なぜか、俺は壇上に立っていた。

 目の前には、うっすらと笑みをたたえる住民たちの顔。

 セリアが小声で言う。「ほら、始めなさい」


 俺は深呼吸した。

 吸って、吐いて、そして、心の中で叫んだ。


(……いやだぁぁぁぁ!!)


 だが、口から出たのはまったく別の言葉だった。


「えー……本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


──人間、極限状況に立たされると、謎の社会性を発揮する。


 その瞬間、フィオナが無言で前に出てきた。

 空気が、きゅっと引き締まる。


「共存という言葉に、私はあまり馴染みがない」

 彼女はそう切り出した。


「私は剣を持ち、戦場を知っている。異なる者が同じ場に立つとき、必要なのは“秩序”だ。そして、訓練と規律だ。……この街には、それがない」


 一瞬ざわつく。だが、彼女は微笑んだ。


「──それでも、不思議と崩れない。それはたぶん、誰もが“次の日もここにいるつもりでいる”からだ。私も、その一人だ」


 獣人たちが「おおー」と唸った。たぶん筋肉的な納得だ。


 次に出てきたのはリュナ。尻尾を振りながら、もそもそと。


「えーと、なんか、みんなすごいこと言ってるけどさ……」

 もごもごした空気が心地よい。


「わたしは、肉がうまけりゃそれでいいと思うの。あと、怒鳴られないとか、盗られないとか、寝る場所があるとか」


 彼女はあっけらかんと笑った。


「“それぞれ違う”って、最初はちょっとこわいけど、慣れると……むしろ面白いんだよね。最近、ウサギ語もちょっとわかるし」


 群れの端でウサギたちが「ぐ、る、る……」と同意した。


 そして、海から来た人魚──レイヴィアが現れる。

 今日も尾は魔素の変換で“足”になっていたが、微妙にぎこちない。


「わたしは……最初、歩くことすらできませんでした。火も怖かったし、陸の風は冷たくて、泣きそうになりました」

 彼女は胸に手を当てた。


「でも、今では、ここで肉を焼くこともできるし、お布団で寝ることも覚えました。……そして、何より──一緒に笑える人がいる。これが、“共にいる”ってことなら、私はもう、始めています」


 やや湿った拍手が巻き起こった。水音混じりなのは気のせいではない。


 次に前に出たのは、ウサギだった。

 あの、俺が一度しか名前を出していない、リーダーウサギ。毛並みがなぜかサラサラで、常に妙な威厳をまとっている。


 彼は地面にすばやく記号を描く。

 セリアが、脇でちらりと見て言った。


「“跳躍、団結、にんじん”──らしいわ」

 最後に余計なのが混じったが、概ね前向きな意思表示らしい。


 リーダーウサギは、俺と目を合わせると、ほんのり顎を引いて去っていった。

 ──うむ、たぶん、悪くないやつだ。次の出番は半年後くらいだろう。


 最後に、セリアが前に出た。

 魔素の流れのように、静かで気まぐれな彼女の声。


「共存、ね……。大仰な言葉に聞こえるかもしれないけど、要するに“いちいち気にしない”ってことじゃない?」

 彼女は観衆を見渡す。


「ごはんの食べ方が違う、眠るタイミングが違う、口調がきつい──そういうの、いちいち突っ込んでたら疲れるでしょ?」

 ざわざわと共感の波が広がる。


「だから、私はこの街の“無関心のやさしさ”が好き。……続けましょうよ、この感じ」


 ──空気が、静かに落ち着いた。


 そして、全員の視線が、俺に戻ってきた。


 なぜだ。

 なぜ俺が、トリを務めなければならないのだ。

 俺はただの漂流者だぞ。飯と風呂と昼寝があれば、それでいい男だぞ。


 だが、目の前には、異なる種族の者たちが、皆、同じように俺を見つめている。

 見慣れた顔たち。やかましくて、無茶苦茶で、でも、妙に落ち着く──家のような。


 俺は、一歩、前に出た。

 深く息を吸い、そして、言った。


「……俺にとって、共存ってのは“言い訳の集まり”だと思ってる」


 広場に、微かなざわめき。


「誰かが誰かを許すために、“そういうことにしておこう”って決める。

 うるさいやつがいても、“獣人だからな”って思う。

 魚が変なもの食ってても、“文化が違うから”って流す。

 それで、なんとなくやっていく。それが共存だろ」


 誰も否定しなかった。

 リーダーウサギが「ぐ」と喉を鳴らした。


「でもさ、そういう言い訳を重ねるうちに、ふと気づくんだよ。

 『あれ、今の、別に気にしてなかったな』って」


 風が吹いた。焚き火の灰が、ふわりと舞った。


「そうやって、どうでもよくなっていくものが増えて、言い訳がいらなくなる。

 気づいたら、朝、誰かの声で起きて、昼に一緒に働いて、夜に肉を焼いて、寝る。

 それを続けてるだけで、……気がつけば、そばにいるのが当たり前になってる」


 しんと、全体が沈黙した。


「……そういうの、たぶん“家族”って言うんだろうな。俺は、そう思ってる」


 リュナがそっぽを向き、レイヴィアが涙を拭い、セリアがうっすらと笑った。

 そして、誰ともなく拍手が始まり、広場を包み込んだ。


 俺は最後に、肩をすくめて、こう言った。


「──だから、今日の“共存宣言”? まあ、俺的には“言い訳の総まとめ”ってとこかな。

 でも、悪くないと思うよ。俺たちの暮らしだし」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ