100 共存宣言
宣言というものは、だいたい後出しじゃんけんである。
それは「もう始まってしまったこと」を、あたかも今から始まるように見せかける虚飾の舞台装置であり、「実は俺たち、けっこううまくやってたよね?」という都合のいい振り返りである。
この世界でも前世でも、「よく考えて始めたこと」なんてものは、滅多にない。
ゆえに、本日ここに集まった住民一同──人、獣人、人魚、六本足ウサギ(仮)──が目撃することになる「異種族共存の正式宣言」も、まったくもって間が抜けている。
なにせ、すでに人魚は陸で肉を焼いてるし、ウサギは謎の記号で会話してるし、獣人は筋肉で街の建材を曲げた。
この状況で「今から仲良くします!」と言うのは、風呂上がりに「これから風呂に入ります」と言い出すようなものである。
……にもかかわらず、なぜか、俺は壇上に立っていた。
目の前には、うっすらと笑みをたたえる住民たちの顔。
セリアが小声で言う。「ほら、始めなさい」
俺は深呼吸した。
吸って、吐いて、そして、心の中で叫んだ。
(……いやだぁぁぁぁ!!)
だが、口から出たのはまったく別の言葉だった。
「えー……本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
──人間、極限状況に立たされると、謎の社会性を発揮する。
その瞬間、フィオナが無言で前に出てきた。
空気が、きゅっと引き締まる。
「共存という言葉に、私はあまり馴染みがない」
彼女はそう切り出した。
「私は剣を持ち、戦場を知っている。異なる者が同じ場に立つとき、必要なのは“秩序”だ。そして、訓練と規律だ。……この街には、それがない」
一瞬ざわつく。だが、彼女は微笑んだ。
「──それでも、不思議と崩れない。それはたぶん、誰もが“次の日もここにいるつもりでいる”からだ。私も、その一人だ」
獣人たちが「おおー」と唸った。たぶん筋肉的な納得だ。
次に出てきたのはリュナ。尻尾を振りながら、もそもそと。
「えーと、なんか、みんなすごいこと言ってるけどさ……」
もごもごした空気が心地よい。
「わたしは、肉がうまけりゃそれでいいと思うの。あと、怒鳴られないとか、盗られないとか、寝る場所があるとか」
彼女はあっけらかんと笑った。
「“それぞれ違う”って、最初はちょっとこわいけど、慣れると……むしろ面白いんだよね。最近、ウサギ語もちょっとわかるし」
群れの端でウサギたちが「ぐ、る、る……」と同意した。
そして、海から来た人魚──レイヴィアが現れる。
今日も尾は魔素の変換で“足”になっていたが、微妙にぎこちない。
「わたしは……最初、歩くことすらできませんでした。火も怖かったし、陸の風は冷たくて、泣きそうになりました」
彼女は胸に手を当てた。
「でも、今では、ここで肉を焼くこともできるし、お布団で寝ることも覚えました。……そして、何より──一緒に笑える人がいる。これが、“共にいる”ってことなら、私はもう、始めています」
やや湿った拍手が巻き起こった。水音混じりなのは気のせいではない。
次に前に出たのは、ウサギだった。
あの、俺が一度しか名前を出していない、リーダーウサギ。毛並みがなぜかサラサラで、常に妙な威厳をまとっている。
彼は地面にすばやく記号を描く。
セリアが、脇でちらりと見て言った。
「“跳躍、団結、にんじん”──らしいわ」
最後に余計なのが混じったが、概ね前向きな意思表示らしい。
リーダーウサギは、俺と目を合わせると、ほんのり顎を引いて去っていった。
──うむ、たぶん、悪くないやつだ。次の出番は半年後くらいだろう。
最後に、セリアが前に出た。
魔素の流れのように、静かで気まぐれな彼女の声。
「共存、ね……。大仰な言葉に聞こえるかもしれないけど、要するに“いちいち気にしない”ってことじゃない?」
彼女は観衆を見渡す。
「ごはんの食べ方が違う、眠るタイミングが違う、口調がきつい──そういうの、いちいち突っ込んでたら疲れるでしょ?」
ざわざわと共感の波が広がる。
「だから、私はこの街の“無関心のやさしさ”が好き。……続けましょうよ、この感じ」
──空気が、静かに落ち着いた。
そして、全員の視線が、俺に戻ってきた。
なぜだ。
なぜ俺が、トリを務めなければならないのだ。
俺はただの漂流者だぞ。飯と風呂と昼寝があれば、それでいい男だぞ。
だが、目の前には、異なる種族の者たちが、皆、同じように俺を見つめている。
見慣れた顔たち。やかましくて、無茶苦茶で、でも、妙に落ち着く──家のような。
俺は、一歩、前に出た。
深く息を吸い、そして、言った。
「……俺にとって、共存ってのは“言い訳の集まり”だと思ってる」
広場に、微かなざわめき。
「誰かが誰かを許すために、“そういうことにしておこう”って決める。
うるさいやつがいても、“獣人だからな”って思う。
魚が変なもの食ってても、“文化が違うから”って流す。
それで、なんとなくやっていく。それが共存だろ」
誰も否定しなかった。
リーダーウサギが「ぐ」と喉を鳴らした。
「でもさ、そういう言い訳を重ねるうちに、ふと気づくんだよ。
『あれ、今の、別に気にしてなかったな』って」
風が吹いた。焚き火の灰が、ふわりと舞った。
「そうやって、どうでもよくなっていくものが増えて、言い訳がいらなくなる。
気づいたら、朝、誰かの声で起きて、昼に一緒に働いて、夜に肉を焼いて、寝る。
それを続けてるだけで、……気がつけば、そばにいるのが当たり前になってる」
しんと、全体が沈黙した。
「……そういうの、たぶん“家族”って言うんだろうな。俺は、そう思ってる」
リュナがそっぽを向き、レイヴィアが涙を拭い、セリアがうっすらと笑った。
そして、誰ともなく拍手が始まり、広場を包み込んだ。
俺は最後に、肩をすくめて、こう言った。
「──だから、今日の“共存宣言”? まあ、俺的には“言い訳の総まとめ”ってとこかな。
でも、悪くないと思うよ。俺たちの暮らしだし」