10 漁の開始
異世界に放り出されてしばらくが経った。槍と弓を手に入れ、干し肉を蓄え、六本足ウサギ(仮)との追いかけっこにも慣れた。狩猟生活が板についてきたことで、俺の異世界サバイバルもいよいよ安定するかと思いきや──新たな問題が発生した。
「肉ばっかり食ってると、なんだか無性に魚が食いたくなるな……」
人間というものは欲深い生き物である。毎日獣の肉ばかり食べていると、妙にさっぱりしたものが恋しくなる。塩も醤油もないが、せめて焼き魚が食えれば、それだけで精神的な充実感が違うはずだ。
というわけで、俺は槍を担いで川へ向かった。
水は透き通っており、小さな魚の影があちこちを泳いでいる。これはいける。槍で突けば簡単に捕れるだろう。そう思い、俺は川に足を踏み入れた。
だが、異世界はそう甘くはなかった。
魚影に狙いを定め、槍を振り下ろす。水が跳ね、手応えが──ない。
「あれ?」
もう一度狙いを定め、槍を突き出す。水しぶきが舞うが、またしても手応えがない。魚はすぐ目の前にいるのに、まるで槍がすり抜けているようだ。
「……こいつら、当たらないぞ?」
俺は眉をひそめた。よく見ると、魚影は水面に映る影のように揺らめいている。陽の光に照らされた水面がきらきらと反射し、輪郭が不明瞭になっているのだ。
だが、異変に気付いたのは次の瞬間だった。
水面を覗き込む俺の顔に、ぬるりとした感触が触れたのだ。
「うおっ!」
思わず飛び退く。何かが俺の頬を撫でた。冷たく、柔らかく、まるで水そのものが意思を持って動いたかのような感触だった。
「……魚じゃないのか?」
俺は再び川の中を見つめた。魚だと思っていたものは、実は水そのものと一体化している生き物だったのだ。水流と一緒に形を変え、目視では個体と液体の区別がつかない。そんなやつを槍で突こうとしても、うまくいくはずがない。
「くそ……どうすれば捕れる?」
水をすり抜ける槍では、この生き物に対抗できない。ならば、逆に水を硬化させる方法はないか? 俺は異世界の法則を思い返しながら、周囲を探索することにした。
しばらく森を歩いていると、奇妙な鉱石を発見した。青白く透き通った石で、手に取るとほんのり冷たい。試しに川の水をすくった手でこの石を握ると──水滴が一瞬にして凍りついた。
「……これは!」
水を凍らせる鉱石。これを槍に加工すれば、水と一体化した魚(仮)を捕えることができるかもしれない。俺はさっそく、この鉱石を槍の先端に取り付けた。
再び川に戻り、槍を握りしめる。水中で蠢く奇妙な魚(仮)に狙いを定める。そして──
「せいっ!」
槍を振り下ろすと、先端から冷気が広がり、一瞬で周囲の水が凍った。透明な氷の中に、小さな魚(仮)が閉じ込められている。
「……よし!」
俺は氷ごと魚(仮)を取り上げ、慎重にナイフで削る。氷が溶けると、魚は動かないままの状態で取り出された。どうやら、凍結したことで水の流れと分離されたらしい。
これで、ようやく異世界での漁が確立された。
火を起こし、串に刺して焼く。じゅうじゅうと脂が落ち、川魚特有の香ばしい匂いが漂ってくる。
「……これだよ、俺が求めていたのは!」
かじると、身がほろりと崩れ、淡泊ながらも上品な味が広がる。焼き魚がこんなに嬉しいとは思わなかった。
こうして、俺の異世界生活はまた一歩、進化したのだった。