3 アルカディアの島 2
立て込んでいる様子。相手は同僚なのか、後輩なのか。
一方的にキレられて大変だなぁ。という同情しかない。
「ええぃ、ごちゃごちゃわけの分かんねぇことを云っていないで、さっさと連絡するんだよ!でも、もクソもあるか!分かったか!?ええっっ、だから云っているだろ!使えねぇ奴だな!」
その後も怒鳴り声と共に、聞き分けのない相手に何度も説明や確認を繰り返す。
「うっせぇ!でもも、クソもあるか!」
パワーハラスメントかな。労働環境は劣悪だな。
と、ヒロセとカズヤはそれを辟易しながらも他人事のように傍観する。
そのまま五分から十分くらいほったらかしにされて、しばらくして職場の人間との話し合い(喧嘩)が済んだと思われる頃。
「失礼。確認に時間がかかった。________では、任務に於いての説明をしよう」
咳払いをして、ハヤトは制服の襟を正しながらようやく説明に入る。
ハヤトひとりに向かい合う形で、一同が横一列に並んで聞かされている。
「それぞれの観察区分は島の領土の半分づつで、二人ひと組で二ペアになって島の中を調査してもらうことになるから、そのつもりで。事業内容はこの島の観察、調査、研究、清掃など。一日八時間労働で、残業はナシと」
ハヤトは、先ほどとは打って変わって淡々とした様子で、一同が見遣る中。注意事項を付け加え、念を押した。
「その際に、土日を除く業務終了後に、島の調査報告書に記載して提出をするように。____他に、何か質問はあるか?」
四人は隣にいる人間の顔を見合わせた。複雑そうな表情である。
心持ち剣呑な眼差しで、ハヤトはぐるりと周囲を見渡す。が、誰も何も云わない。
空気を察して、観念するように視線を落とし、ふぅ、と吐息を吐く。
「__________無いようだな」
「………………」
不自然な間が流れる。
「そうか。島を訪問して偵察したし、要件は伝えた。もう他に用がないなら、俺は任務に戻ることにするよ」
もうこれ以上ここにいても埒が明かないとばかりに、やれやれと呟くと、重い腰を上げるように移動する。
「失礼する。では、諸君。充分に業務に励むように」
云われなくったって、そうするよ!とユマが野次を飛ばすように云ったことを無視して
「健闘を祈る。_________さらばだ」
云うなり、停めていた機体に乗り込むと、颯爽と去っていった。
来た時と同様に、強い風で巻き上げられ、機体の音が大きく響く。
ただただ彼が訪問した意味さえもよく判らないまま、一同は小さくなる機体を見送った。
「……行ったな……ようやく……」
リア以外、ここにいた全員が溜息交じりで同じことを呟いた。
「あいつ。うぜぇ奴だったよな。何だったんだよ、あいつ……」ユマの心からの声。
「政府の人間って、みんなああなのかな?」とカズヤが訊く。
「知らん、あいつしか見たことない」とヒロセが呆れたように云う。
「なんだか、今のやりとりでドッと疲れた」
「もう来ないだろうな」
「来たら、俺が追い返す」
騒がしい人間が去って行ったことで始まる。これからのこと。
それぞれに思うことはあるけれど、実感が籠らない。
島に着くなりすぐに業務を開始しなければならない。
早速、島の洗礼を受けることになる。
抜けるような青空の下。灼熱の太陽。肌を刺すような強い日差し。
手廂で日光を遮る。
加えて支給された暑苦しい制服のせいで、額から汗が大量に噴き出す。
カズヤは普段、パソコンを使ったライターの仕事しかしていない。
部屋から全く出ない生活を送っていたので無理もない。不慣れな環境に戸惑う。
「今日は暑いから、熱中症にならないように気をつけろよ」
「熱中症?」
注意を呼びかけるヒロセの声に、カズヤが問うと
「カズヤの家と違って、外は比べものにならないくらい暑い。直射日光も強い。…………あ、そうだ。日焼け止めは塗ったか?」
「なにそれ」
「塗らなかったら、紫外線で肌がヒリヒリして、赤くなって火傷したみたいになるから」
「え、そうなの?」
「うん、だから、すぐに塗った方がいい」
「どこにあったっけ、日焼け止め」
カバンの中を探る。
すると手に納まるくらいの日焼け止めクリームが出て来て、すぐに首や顔に塗りたくる。
ついでに、もう一度島の手引書に眼を通す。
紫外線が強いから日焼け止めは必須だと、あらかじめ配られた注意事項の紙に記載されていた。他にも島には虫が生息しているから、虫除けスプレーが必須だとも記載されていた。
その他は、勝手に植物は採ってはならない。
島に自生している動植物は食してはならない。
(その際は直ちに薬を摂る等して処置を行うこと)等のことが記されてあった。
「目を通すのが大変だな」と、分厚い島の友を手に、ため息まじりに必要事項の欄に記入されていた箇所を思い出す。
「やば、暑っ。来たときよりも暑いんじゃないか?」
滝のような汗が流れる。思わず襟を寛げた。
ヒロセも「暑いな」と同意する。カズヤはふと疑問をぶつけてみた。
「なぜ、あのふたりは制服を着ていないんだろう?」
「ユマが着るのが嫌だと断ったじゃないか。散々ダサイと云いながらこきおろしてただろ」
「……そういえば。なら、俺らも断れば良かったな」
ぼやくカズヤの顔から湧き出る汗。
「だな。今更云ったって遅いかもしれないけどな。だけど、すごい汗だな」
「もう、暑い。暑くて我慢できない。__________脱ぎたい」
「脱げよ。気候的に着てたら、やばい」
とうとう我慢できずに、カズヤはすぐさま上着を脱ぎ捨てた。
はっ……と、荒く息を吐く。
カズヤの顔が赤い。ともすれば、心配になるくらい。
その上、尋常ではない汗をかき続けている。
「おい、顔が真っ赤だ。大丈夫か!?」ユマが血相変えて叫ぶ。
自分のことを云われているのだとは思わないカズヤ。
「…………おい、おい、聞こえているのか?」
すぐ傍にいるヒロセの声が、何だか遠くから聞こえているような錯覚に陥る。
しだいに頭がぼうっとしてきて、意識が朦朧となってくる。
どうしよう。何だかやばい状態みたいだ。
「きゃあ____熱中症よ____!!」
向こうでリアが悲鳴を上げる。すぐさま倉庫を漁って、慌てて駆けずり回る。
「水、水を早く」、「どうしよう」、「ない!」とパニックを起こしながら、必死で焦って考えた挙句。
バシャン、と水たまりの水を、被っていた麦わら帽子ですくってカズヤにぶちまける。
「わっっ!!」
いきなりのことで、何が起こったのかが分からない。
突然の水しぶき。頭から水を被って、ずぶ濡れになる。
髪から水が滴り落ち、服もびしゃびしゃになる。
熱でのぼせていた身体にてきめんにこたえる。
すっかり眼が醒めたというか、飛びかけていた意識が戻った。
向こうから聞こえる、リアとヒロセの会話。
「…………え、ごめん、これで良かった?」戸惑う声と、「ありがとう助けてくれて。これでいいよ」
カズヤが大の字に伸びていると、真上から大きな影。彼らの足元が見える。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
ヒロセがカズヤに様態を聞くと、どうやらそうでもないらしい状況。
苦しそうに喘ぐカズヤへと、ユマがパタパタと団扇を仰いで風を送る
。
白の制服を脱いで、着ていたノンスリーブのインナー一枚になると、いくらか風通しがよくなって、心なし暑さから解放された心地がした。でも
「あつい、くるしいー」
「水分を摂れ。できればカロリーのあるものも口にすると体力が戻って疲労が回復する」
ヒロセはペットボトルに入ったミネラルウォーターを渡す。
「あ、やっぱりスポーツ飲料の方がよかったかもしれない」
と、すぐに思い直したが、とりあえずの水分補給が必要だ。
「大丈夫、飲めるか?」
飲ませようと、キャップを緩め、カズヤの口元へと押し付ける。
「………いいって、じぶんで、飲める」
申し出を断って、差し出されたペットボトルに口を付けながら、釈然としないものを感じていた。