1 序章_______はじまり
一機の小型ジェット機が島に降り立った。風圧を受けて海岸の砂埃が舞い上がる。
ぬるく生暖かい、現地特有の潮風が頬を撫でた。
よくあるサバイバルで使用する無人島のよう。
切り立った崖の孤島の土地であり、平坦な土地のピーチである。
南国のリゾート地のそれではない。
迎えてくれる一面に咲き誇るハイビスカスの花もなく、生い茂る緑の木々だけ。
なぜか殺伐とした印象があった。
わかり易く云うと、旅行会社のパンフレットに載っているハネムーンで行くような島ではなく、開発途中のリゾート地といったところ。
政府から支給されたという、襟元が銀の刺繍で縫い取りされた白い詰襟の制服姿のふたりの男が波打ち際に立つ姿は、なかなかシュールな光景だった。
事情も何も知らない人間から見たら、まるで異星人が惑星に降り立った場面のように奇異に映っただろう。
共に二十歳くらいの、銀色の髪の青年と明るい茶色の髪の青年。
ふたりを降ろすと、ジェット機はすぐに飛び去った。
ふたりはその場に取り残されたように立ち尽くす。
雲ひとつない、抜けるような青空の下、これから島での生活がスタートするのだ。
実感がない。連れてこられても他人ごとのように感じた。
刑が決まったときからこうなることは予想して、暗澹たる気分でやり過ごした。
銀色の髪が風に煽られ、浜辺に立ち尽くし、カズヤは呆然と海を眺める。
今は、何がどうだろうとどうでもいい気分だ。
まるで、考えることを放棄してしまったように。
「悪かった、と思っている」
風が吹き、傍らに立っていた明るい茶色の髪の青年_____ヒロセが途切れがちに呟いた。
「自分だけなら良かったのに、お前にまで迷惑をかけてしまうなんて。済まなかった」
彼の方が背が高いので、並ぶと身長差がある。
深々と頭を下げる彼を見ていて、少し不憫になった。
ヒロセは整った顔立ちをしていて、大人びた静謐な印象を受ける。
出会った当初はそう思っていた。少なくとも、彼とは親友同士だった。
静かに、寄せては返す波の音が耳を掠める。
「別に怒ってもいないし、落ち込んでもいない。__________もう、どうでもいいんだ」
これで気が済むのならと、気休めに過ぎないことを口走り、カズヤは眼を伏せた。
「いいよ、もう。半年なんて、気がついたらすぐ過ぎる」
ここに来たのは罰を受けるためだ。
___罪ってなんだ?
突然、降って湧いたような処置に戸惑う。
事件は一ヶ月前に遡る。
ヒロセとはインターネットを通じて知り合った。二年前からの付き合いだ。
自宅に遊びに来ていて、ふざけてじゃれてきたのだと思ったら、性行為に進展した。
そこで間の悪いことに、セキュリティーシステムが鳴った。
そうして、有無も云わさず現行犯で連行された。
しかも、俺も同罪かぁ。云ってみればこっちは被害者なのに。……納得できない。
何でふたり一緒に同じ場所に詰め込む必要があるのか。
これじゃあ、これからもよろしくやってくれと云っているようなものだ。意味がない。何の為の刑なんだか。
こんな時代に、今更原始的に島流し。 こんな罪で捕まるなんてマヌケすぎる。
任務は簡単な島の生体調査で実質八時間の労働をこなして、これから半年間この島で行動を共にしなければならない。
幸いフリーライターという仕事上、商売道具のパソコンを持ち込むことは許可してもらった。その辺は寛容なのか。
ぐるりと辺りを見回す。この島は人口の島だろうか。
植物のひとつひとつを見ても本物と違わぬ精巧な出来だ。
そこかしこは森のよう。
南国の草花が繁殖している。手つかずの自然というわけではなさそうだ。
整備され、造りこまれたような美しさがある。
設備はというと、敷地内には木造のコテージが四つある。ひとつは自分たちが寝泊まりする宿舎で、あともうひとつの宿舎、食糧の備蓄庫、調査の為に使う道具などが収められている倉庫がある。
島を取り囲むのは目の覚めるような真っ青な海。 直径十キロにも満たない小さな島の名前はアルカディアという。理想郷という意味だ。理想郷、か……。
西暦は二十四世紀を過ぎてから、年号は新世紀という暦に替わってしまった。
新世紀に入って、更に三年が経過した。
近未来。昨今の環境問題は深刻で地球は死んでしまったとも、すでに終わってしまったとも云える。
その上、年々出生率は低下する一方で、少子化の世の中で人口減少に歯止めがかからない。
その為、人類にとって不毛な、同性愛は罪に処される。
今自分たちがここに来たのはその為だ。罰を受けるためだ。
海外でよくある受刑者を更生させる社会奉仕やボランティアの一環だ。
これだけ多様性が叫ばれる社会になっても同性愛はタブーだ。
種の保存は人口減少を食い止めるため。仕方がないことだと云うけれど。
女は全体の人口の二割にも満たない。
その為、希少だということで立場的にかなり優遇されている。
要は女というだけで、かなりちやほやされ、もてはやされる。
考えてみれば同性愛を禁止するよりも、出生率を上げればいい話ではないか。
それに、三割強の男子が余る計算で、溢れた(余った)者同士で好きにやって何が悪いと云いたい。
元より、恋愛は個人の自由であると思う。
人が何をやろうと、とやかく云われる筋合いはないのに、と思う。
不満げに思い、ふと海岸に視線を移す。すると視線の先に誰かいた。
なぜ、こんなところに……?
オレンジ色に近い鮮やかな茶色の髪を短い尻尾のように括っている。
少し灼けた肌。快活そうな見た目。
くたびれたような白いノースリーブのシャツにベージュのカーゴパンツといういでたちで少年がそこにいた。
カズヤより二、三歳年下のようだ。彼がこちらに気づき、口を開く。
「リア、やっと見つけた」
彼は、カズヤを見るなり、ぱあっと顔を輝かせ、恋人を見つけたように、嬉しそうにこっちに向かって駆けて来る。
「え?」と思う間もなく、がばっと押し倒される。思いっきり人違いだ。
「やめろ、わー」と声をあげて、抵抗するもむなしくキスされる。
咄嗟に犬が飛びつかれたように呆気にとられていると、少年は目を瞬かせてきょとんとした。
ようやく人違いに気付いたようだ。
「ああ、わりぃ。ごめん」
少年は短く謝罪すると、カズヤからさっと身を退いた。
どこをどうやったら間違うんだよ!!眼でも悪いのか!!カズヤは内心叫んだ。
普段あまり表情を変えない友人のヒロセがそれを見てムッとしていた。珍しい光景だった。
そこで、向こうから歩く人影が見えた。
「あっ、リア」
今度こそ彼の探すリアがいた。女の子なので、当然カズヤとは似ても似つかない。手足が長くすらりとした肢体。
白いサマードレスを身に纏い、長い黒髪に黒い睛、ガラス玉のような眼をあらぬ方向に見据えている。