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銀狼の祈り  作者: 秋瀬
3/13

3話



 ――炎が激しくうねる。

怒号が響く。

そうだ。私を狙え。

打てるものならその矢を打ってみろ。

打てばいい。

私こそがお前らの王妃が求める公子。

熱風で火の粉が巻き起こる。

赤い。王妃。笑っている。笑えばいい。

王は動かない。ああ。もう死んでいるのか。

なぜ王子たちがこの場に。邪魔する気はないようだ。

そうだ。二人の仇でもあるだろう。

趣味の悪い絨毯。赤い。

私から奪うな。私の国を、民を、よくも。

私欲に塗れた狂信者。

自国のことすら駒としか思っていない。

傲慢な王妃ベラよ。残念。

お求めの公子は私ではない。私の心石は違う。

お前の望む大量殺戮の禁術の贄ではない。

殺させるものか、私の国の民を。

心石を飲み込んだところで何になる。

不死になどなるものか。

あの土地に降り注ぐ神の恩恵もでたらめだ。

笑え。己の愚かさを。

向こうでお前の信者とこの国の民に謝れ。

シルヴァの民には間違ってもその面を見せるなよ。

さあ、第一王子ソオラよ。今からお前が王だ。

禁術などなくとも私なら街ひとつ簡単だ。

狼人としてのよしみだ。

これでもお前のことは信じてきた。

目指すところは同じだよな。なあ。


ふらりと王妃の亡骸に近づく男。

私の魂のかけら、いとしい子、シノを殺した、あの男。


目の前が赤い。血が舞う。赤い。

どうして邪魔をする。アルト。

手袋越しなのに熱い。なぜ。

呼吸音が頭の中で響く。

何度も。

そこら一帯が、すべて、赤かった。

 




 何か強い衝撃で意識が浮上する。心石が激しく拍動している。私が組み敷いているのはアルトだった。共に寝台から落ちたようだ。生きている。首を絞めた痕なんて無い。未だ荒い呼吸で謝罪をする。


「いや、俺が……すまない……魘されているようで、迂闊に様子を見に来たものだから……」


 彼は背中と頭を打ったようだった。床に散らばった括られていない彼の黒髪が、ちかちかと夢の惨状を再生する。

 悪夢を見る日々の中で初めての失態だ。膝が痛む。

 朝日が差し込んでも底冷えするこの部屋は、あの熱に満ちた夜とは似ても似つかない。ここまで錯乱するようなら、意識のない間は拘束してもらえるかと聞けば、彼は口を噤んでしまった。

 



 城門の前で、三人と一頭分の白い吐息が浮かんでは消える。空には雲のひとつもなく、出立にふさわしい好天だ。行く先はまっさらで、北へ向かう風が私たちの髪や服を攫おうとしている。

 いつでも帰ってきてね、と言う弟の目は擦れて赤くなっている。帰らぬ旅の見送りであることを、きっとわかっている。抱きしめれば、確かな温度がある。この子の命を、暖かさを守れて、良かった。

 視線を落としていたアルトに、弟が向き直る。


「アルト様……どうか、レノウのことを、よろしく頼みます」


 下げられた頭を見つめたままの彼が、勿論、と短く応える。それは、漏れ出たような、ほとんど息のようなものだった。

 最後に撫でたライルの従狼の鼻は、冷たく湿っていた。手袋をきつく嵌め直す。隣を歩くことのない彼の足音を確認しながら、進んでゆく。


 いつまで経っても、風の向こうで弟が立ち去る足音は聞こえなかった。

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