僕は今日も。
ある朝、目が覚めると僕は枕元に置いてあるスマホを手繰り寄せ電源をつけた。ディスプレイに表示されているのは12月24日。僕はただ呆然とその表示された画面を見続けるしか無かった。
永遠にも感じられた時間の末、張り詰めた空気を壊したのはスマホに通知を告げる振動だった。
「今日、いつもの所に15時ね!」
幼なじみからだった。彼女とは20年来の仲で、その名の通り幼い頃からずっと一緒に居た。幼い頃は可愛かった彼女の顔が、成長の過程でどんどん大人びて綺麗になっていくその中で、僕が彼女に特別な感情を抱くのは想像に難くないだろう。
「了解」
すぐに返事をして重い身体を起き上がらせた。
家を出ると冷たい風が頬を撫でる。いや、刺すという表現の方が相応しいかもしれない。息が白い。僕は首をすくめてマフラーに顔をうずめると、“いつもの所”へ向かって歩き出した。
交差点に差し掛かった頃、何処からか1匹の黒猫が飛び出してきた。僕はすかさずその猫を捕まえて抱きかかえた。するとすぐに猛スピードで自転車が駆け抜けて行った。辺りの安全を確認してから猫を下ろすと、猫は何事も無かったかのように1つ欠伸を残して去っていった。
“いつもの所”にたどり着いた頃は太陽が沈み始めていた。人気のない公園。廃れた遊具。そこには白黒の世界が広がっていた。まるでそこだけ時間が止まっているようだった。しかしその中に不自然な程に目立つ赤色があった。彼女のマフラーだ。近づいて声をかけると、頬をほんのり赤く染めた彼女が振り向いた。
闇が公園を丸ごと包み込んだ頃、僕らはまだ話に花を咲かせていた。しかしその殆どは明日には忘れてしまうような他愛もない話だった。遠くから焼き芋を売るトラックの音が近づいてきた。それに気づいた彼女は弾かれたように立ち上がると、「焼き芋が売ってる!こっちに来るよ!」と言って走り出した。
彼女の勢いに圧巻したのも束の間、はっとした僕は慌てて彼女の後を追った。
しかし次の瞬間、甲高いブレーキの音と、ドスンという鈍い音が聞こえてきた。
数秒遅れて着いた僕。
彼女の赤いマフラーは、深い紅色になったいた。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
僕はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
気がつくと薄暗い部屋の中、ベッドに横になっていた。どうやって帰ってきたかはわからない。月光が部屋に差し込む。部屋の時計は丁度日付を越えようとしていた。薄れゆく意識の中、僕は力なく呟いた。
「ああ、今日も救えなかった。」