定住先を探す流され者
「初めまして、あの、私3日前に攫われてきたりんごと言います。」
村はずれに住んでいた娘、りんごは今野党に攫われている最中だ。
「あの…私はどうなるんでしょうか。」
りんごは目隠しをつけられた状態で野党がいると思われる方向にずっと考えていた質問を投げた。どのような答えが返ってくるかいくつか予想していた。それが自分にとって少しでも悪い結果につながらないことを心のどこかで祈りながら。
「ご丁寧に自己紹介ありがとよ嬢ちゃん。悪党がただの村娘を攫ってすることは想像つくだろ。あんたこれから売られるのさ。」
野党の一人が親切にも答えた。りんごは捕らわれている身で余計なおしゃべりを咎められなかったことにまず安堵した。野党も意外と暇なのかと考えたりもする。次に、そんなに悪い状況ではない筈だと自分に言い聞かせる。
りんごの今までの人生はそんなに悪いものでは無かった。見方によってはとても恵まれていたし本人もそう思っていた。野党にこうして攫われていることは例外だが。
この野党たちに攫われてから今日で3日が経つ。りんごが乗せられている木檻の馬車には、他にも同じように攫われてきた娘たちがいた。りんごと野党のさっきの会話で売られると聞いた何人かの娘は、己の現状を理解させられ静かに泣いていた。
りんごは、泣かなかった。売られると聞いて絶望もさほど感じなかった。もちろん逃げ出したい気持ちはあった。りんごはこの異常事態をとにかく生き延びたかったのだ。ただ余計なことをして身体を傷つけられたり死の危険に身を晒すことは避けたい。
(とりあえず従順に大人しくしていよう。りんごは綺麗でも可愛くもないんだから、この際手のかからない商品でいるのが一番安全な気がする。)
りんごのこの無難をゆく作戦は今まで概ねうまく行ったものの問題もあった。夜になり凛吾はカラカラに乾いたパンを服の中に隠してやはり逃亡の隙を窺っていた。目隠しをしたままでも一団が森の中に身を潜めていることは分かる。
(肝心な時に腹が鳴らないように非常食を持った。今日が3日目の夜だからそろそろ逃げたい。今日はちょうどいつもより盛大に酒盛りしているようだから。手の縄は昼にやっと擦り切ったし上手くばれなかった。…だから結構万全の状態だったんだけどな……流石にこの状況は予想してなかったよ)
「まさか、別の野党グループが襲ってくるなんて……」
酔っ払いたちが物騒な話で盛り上がっていると思ったら急に怒号が飛び交って、もつれた言葉をよくよく聞き取って見ると、敵襲と言っているらしいのだ。一度逃げると決めたら迷いは禁物なのだが、慎重に越したことはやはりない。ほら、もう皆武器を持てと騒いでいる。剣を抜く音、松明の鈍い灯りが増え、周りを警戒している。
(うわぁ……きっと鋭いよあの剣、当たったら絶対さっぱり割ける、そんなの痛いし怖い、けど、でも……これはもしかして絶好のチャンスなんじゃないか。混乱に紛れて獲物が逃げるのは良くあることだし、野党たちはまずは自分の身を守ることに意識がいくはず。大丈夫きっとどうにかなる、まずはここから脱出しないと混乱の中でどうなるか、もっと痛い目に合うかもしれないし、盗賊の戦利品の扱いなんて分かったものじゃない)
りんごは運動神経の良い方ではない、危機に瀕してどれだけ動けるのか本人にも実はよく分からない。まだ最悪の状況ではないことを祈りながら、りんごは木檻に取り付けられた錠前を掴み鍵穴の位置を手で触って確認した。おそらく逃げるのは場が混乱に陥ってから、つまり交戦の真っ只中だろう。
りんごは唾をごくっと呑み込み、直後一人の盗賊の断末魔を聞いた。
間も無く剣の交わる音が響く。
「おいっ!お前らここから逃げようなんて考えんなよ!貢献すれば悪いようにはしねぇ親分からの報酬があんだからな!」
今夜の奴隷番のはずだった男はそう言って乱闘の中に突っ込んでいった。
(いや、私は逃げるけどせめて死ぬなよ、あと追ってくるな)
りんごはなんとも運が向いていると思い、目隠しをずらして乾いたパンに隠していた鍵を取り出し、周囲に目を向けながら素早く手探りでそれを錠前に差し込んだ。
カチャン
軽い音を立てて自由を奪っていた扉の錠が開いた。最近油を塗っていたのを見たから当然だろう。扉の方は木が軋む音がするだろうが、あの乱闘ならばこれくらい問題ないはずだ。
「さあ皆さん、今のうちに逃げ出したい方はいますか。私は逃げます。逃げたい方は静かにおっしゃってください。手縄をすぐに解くのは難しいですが、目隠しだけでも私がずらしますので。そのあとは健闘を祈ります。」
松明の灯りが辺りに落ち広がりゆらゆら揺れる炎を背に、りんごは攫われた娘たちに問いかけた。強制するつもりは全くない、皆でバラバラに逃げた方が逃げ切れる確率は高くなるが、ここは見知らぬ山の中で盗賊同士の交戦が繰り広げられている最中、逃げ出した後もかなりの危険がある。