4-2 モモとミミ
『わたくしを見捨てた夫へ
お手紙を受領いたしました。
玉座は冷たく長時間座ると疲れます。
わたくしの愛情深い義父は、わたくしが冷え性を患わぬよう
あまり長く玉座に座らぬようあれこれ計らってくださっております。
ありがたいことです。
わたくしは日々すこやかに過ごしております。
あなたさまもご自愛くださいませ。』
「こんなヘタクソな……もとい、素朴な手紙でいいのか?」
少年魔術遣いのスラウが、微妙な表情を浮かべてエリーの横顔を覗く。エリーは吹きだした。
その真面目な問いかけが可笑しかったのだ。
「素朴だなんてよくも言ってくれたわね」
「だがこれをを送るのはあんたの旦那様だろう? 身分の高い女性というのは男性と違ってもっと情緒的でたおやかな文章が書くものだと思っていたが。前はもっと」
「え?」
「いや、以前、貴婦人の手紙を読んだことがあって、……それとは違うというか」
スラウが言葉を濁している。
まるで社交辞令を探す大人の男性のようなしぐさだ。エリーは肩をすくめた。スラウは幼い少年だが東方の魔術遣いであり今は東方に潜んでいるダラン国王の仕えているという。異国の王に見初められて働いているのだから魔術遣いとしての技量もあり信用されているのだろう。ダランに仕える前は高貴な人物の側にいたのかもしれない。
そう考えると、エリーに対する彼の不遜な言葉遣いも納得だ。
「まったく、リマーディル王国の王妃を相手に失礼なことを言ってくれるわね。わたくしはこれでいいの、わたくしからの手紙はこれでいいのよ。さあ、陛下に渡して」
「……承知した」
「呼び笛をありがとう。必要があれば呼ぶわ」
その言葉が退出の命令だった。
スラウはさっと姿を消す。
と、ここでまたしても女官センナの朗々とした声が響いた。
「王妃さまーっ! あなたのセンナが財宝を抱えて戻りましたよーっ!」
エリーは飛び跳ね、慌てて執務室を内側から施錠している閂を外した。尼僧兵ふたりが重い扉を開けると、両手に書物の束を抱えたセンナが転がり込んだ。
その脇を透明な影がすり抜けるのをエリーは感じた。
姿を隠したスラウが去ったのだ。エリーが託した国王への手紙をその懐に入れて。
エリーは小さく微笑んだ。
「おかえりなさいセンナ、手数をかけたわね」
「とんでもないことですわ王妃さま」
「衛兵、おまえたちも外してくれてありがとう。さあお入りなさい。四人でお茶でも飲みましょう」
エリーは、センナと尼僧兵ふたりを執務室に入れた。
すでに腹は括っていた。
この三人に胸の内を打ち明けて仲間になってもらわねばならない。今は信頼関係を結ばなければ。
執務室の大きな応接卓は、そもそも大臣との小会議で使う。だが今は女たち四人が茶と茶菓子と謎の書物を囲んで和気藹々と笑顔を交わしていた。
王妃の護衛として神殿から遣わされたふたりの尼僧兵は、どちらも大柄で屈強な槍の達人だ。ふたりとも武装しているうえ沈黙の誓いを立てているので、エリーが命令をしなければ口を開くことも休息をとることもない。
そんなふたりにもエリーは茶をふるまい、慈母神の愛娘たる王妃の命令としてふたりの沈黙の誓いを解かせ、名前を尋ねた。
「モモと申します」
「ミミと申します」
頭から冑を外した彼女たちはまったく同じ顔をしていた。
双子の若い女性だ。
エリーよりも年上でセンナよりも年下、ちょうど二十代に入ったばかりの娘だった。
モモは茶色の髪をひとつに束ね、ミミは同じ色の髪をふたつに束ねている。
「まあまあふたりとも、筋骨隆々な姿によく似合う可愛いお名前!」
センナがふたりをからかった。ふたりがますます頬を赤らめたのをみて、エリーは本気で厳しくセンナを叱った。
「およし。次にわたくしの衛兵を侮辱したら許さなくてよ」
「申し訳ありません、王妃さま」
「わたくしではなくモモとミミに謝罪なさい。そしておまえはこのふたりから八つ裂きにされても文句を言ってはいけない」
「引き裂かれて殺されては文句も弁明も出来ませんが! ……モモ、ミミ。ふたりともすまなかったわね。二度とおまえたちをからかったりしない。そして次におまえたちをからかう者があれば私は必ずその者を糾弾することを誓うわ」
センナの口調は軽いが表情は真面目だった。
双子は「宥恕の女神ディセリスの名のもとに」とセンナの失言を許した。これ以上の問題はないだろう。
エリーは甘い茶で唇を潤し、ようやく本題に入った。
「モモ、ミミ。――そしてセンナ。これを見てほしいの」
そう言ってエリーが三人の前に並べたのは、二通の手紙と、センナが入手したダラン国王が少年時代に残した自筆の文書だ。
少年らしい乱暴な文字は古典語の教科書を丸写しした帳面のようだった。
「この手紙の主と、このぐっちゃぐっちゃな悪筆の男の子の文字。――これらは同一人物の筆跡だと思う? それとも」
さらにもう一枚、懐から紙を取り出す。
そこには拙い文字で「スラウ」と署名されていた。
「この署名の文字も一緒に見てほしいの。もしかしたらこの署名の人物が手紙を偽装している可能性もあるわ」
「王妃さま、この手紙はまさか――!」
「そのまさかよ」
エリーはセンナに頷いた。
「詳しいことは追々話すけれど、今ここで言えるのは、わたくしは国王陛下と自称する何者かから手紙を受け取ったということだけ。この手紙によると陛下は東方で生きておられるらしい。そして東方の魔術遣いの助けを受けているの。……おまえたちはどう思う?」
「言われましてもいやはやなんと!」
「とりあえず、そのスラウというのは何者なのです?」
モモとミミは同時に唾を飲んで何度も瞬目を繰り返している。
そしてセンナは神妙な目つきで声を潜めた。
「もしや王妃様の愛人……? 国王陛下との三角関係に悩んでおられる……?」
「へ?」
どうしてそうなるわけ。エリーが頭を抱え、モモとミミはあきれかえる。
遠い空で小鳥がぴいぴいと鳴いた。