伝説の剣、折りました。
「この剣はいずれ魔王を倒す勇者様の為の剣なんだぞ」
子供のころ、我が家に伝わる家宝の剣を抜こうとして祖父に止められた際の言葉だった。
曰く、その剣は祖父の祖父のそのまた祖父あたりの先祖が女神だか天使だかから予言とともに賜った剣である。いずれ現れて世界を闇に包もうとする魔王を倒す勇者のための剣だと。
直接勇者に渡せよ。と、今の俺は思う。
僕が勇者になるんだ。と子供の俺は思った。
そして、祖父や両親の目を盗んで振り回して折った。
おかしくねえ?
なんで折れるんだよ。伝説の剣だろ。
子供ながらに大変なことをしでかしたと思った俺は、隠すことを考えた。折れた刀身を鞘の中に押し込んで、元の場所に戻して、何故かこう考えたんだ。
直さなきゃって。
幸いというべきか、まず抜くなと伝えられていた剣は一族最年少の子供の俺が抜こうとしなければ誰も抜かったので数年間は誰にも気づかれる気配すらなかった。
従兄に息子が生まれるまでは。
もちろん祝福したよ。
だけど成長して掴まり立ちで歩いたり、木の棒を持って振り回すのを見ると嫌な予感が頭をよぎる。
こいつ、俺みたいにあの剣を抜くんじゃないかな。
我ながら度し難いことだが、ある深夜件の剣を引っ掴むと俺は故郷を飛び出した。
そうして人知れず伝説の剣修復の旅に出てはや十数年。
東にドワーフの名工がいると聞けば行ってその技術を学び、西に魔導を極めた隠者が住んでいると聞けば剣に秘められていた力を知るべく駆け込み、北に古の魔剣が眠っていると聞けば資料として探し回り、南に街を襲うモンスターが現れたと聞けば試作品の試し切りに使わせてもらう。
そんな旅を続けている俺の耳に一つの噂話が届く。
なんでも勇者が現れたらしい。
魔王の噂も聞いていたから近いんだろうなとは思っていたが、いよいよタイムリミットだ。勇者に剣を届けねばならない。
果たして俺が直した剣は、かつての剣の替りとして十分なのだろうか。
一抹の不安を胸に、俺は十数年ぶりの故郷へと足を向けた。
「伝説の剣、無いんですか?」
「ああ。申し訳ないが今は無い」
勇者の言葉に武器屋の店主は困ったように天井を見た。
魔王を倒す剣はここで手に入るという神託を受けたという聖女を見やる。
にこにこと笑顔を崩さない彼女はきっと剣は手に入ると疑ってもいない。盲信というわけではないが、今ここに現物がないというだけで簡単に神託を諦める人じゃないはずだ。
仲間の戦士に視線を移す。店内に並べられた武器を興味深そうに見ている彼はこの場に存在せず、また自分の使えない剣にはあまり興味が無いのだろう。そういう自由人なのはよく理解している。
そして勇者。「どうしようか」とこちらを見る戦いとは無縁そうな線の細い青年は確かにこの勇者一行の中核ではあるのだがどうにもこういう場面では優柔不断な面を見せる事が多い。
ため息をつく。結局この一行におけるこういうことは魔法使いの担当なのだ。
「今“は"ということは、かつてはここにあったということですか?」
「あの剣を超える剣を作るという置き手紙を残して従弟が持ち出してしまってね」
店主が頷く。
なるほど、では今その剣を持っている店主の従弟を探し出して正式に譲ってもらう事で『この店で剣が手に入る』というのが聖女が受けた神託の正しい流れなのだろうか。
どうにも彼女の受けるそれは毎度のことながら過程をすっ飛ばして結論だけが提示されることが多いので苦労させられる。
「では、その従弟さんについて何か情報はありますか?」
問うと店主は「そうさなあ」と顎に手をやって考え込む。昔は手紙で連絡もあったが最近はそれもあまりないという。
「今はどこにいるやら」
「悪いな。ここだよ」
勇者も、聖女も、戦士も、店主も、そしてもちろん私も声のした方へ目を向けた。
如何にも旅をしてそのまま来ましたという風体の男は背負った荷物をその辺に置きながら店主に向けて謝罪の言葉を口にしている。……はて、どこかで見たような?
心配していたんだぞと詰める店主に男は勇者がここに向かったという噂を聞いて帰ってきたと返しながら一つの包みを引っ張り出す。
包みの中に収まっていたのは一振りの剣。あれが勇者の手で魔王を倒す剣なのだろう。……やっぱりどこかで見た気がする。
「これが……」
男から店主に、店主から勇者に。剣を受け取った勇者はゆっくりと抜刀し、そこに秘められた力を感じ取るようにじっと見る。聖女と戦士も勇者の手の中の剣に見入っていた。
私だけが気も漫ろ。
あの剣、十年ちょっと前に師匠のところに持ち込まれた折れた剣に似てる気がする。