事実は小説より奇なり
これは私がスーパーでレジ打ちのパートをしていた頃の実話である。
その日、仕事が終わり更衣室で同僚のSと着替えていると彼女が言った。
「あれ?昨日、休みだっけ」
「うん」
「じゃあ、もう聞いた?かんぴょう巻きおばさん、万引きで捕まったの」
「えっ、本当?」
Sは頷いた。
かんぴょう巻きおばさんは常連さんだった。
二、三日に一度、来店しては清算カゴにかんぴょう巻きとおせんべいを入れてレジにやって来る。
彼女は必ずかんぴょう巻きを買いたいらしく売り場に無いと店員を呼び止めて「かんぴょう巻き、無いの?」と尋ねるのだ。
だから店のスタッフの間では『かんぴょう巻きおばさん』と呼ばれていた。
昨日もカゴにはかんぴょう巻きとおせんべいを入れていたそうだ。
でも、からしのチューブの箱をポケットに入れるのをスタッフに見つかってしまったのだ。
「なんか・・驚き・・」
「うん。でもね、もう一つ驚く事があったの」
「何?」
「ご主人が呼ばれて来たんだけど、ご主人、お寿司屋さんだったのよ」
「お寿司屋さん?」
「そう」
「だって毎回、かんぴょう巻き買ってたじゃない」
Sは頷いた。
私は考えていた。
なんで寿司屋さんのおかみさんがウチの店でかんぴょう巻きを買ってたのか・・
自分の店で出す為?それとも自分で食べる為?
どっちか分からないが、一つだけ分かる事がある。
あのかんぴょう巻きは寿司屋のおかみさんの『推し』だったという事だ。
その時、Sが私に訊いた。
「ねぇ、ウチの店のかんぴょう巻き食べた事ある?」
「無いわ」
ウチの店はお弁当を外部に発注していたので、いくらスタッフといえどもお金を払って買わないと食べる機会が無いのだ。
Sが眉根を寄せて言った。
「・・そんなに美味しいのかしら?・・あたし買って帰ろうかしら・・」
「わ、私も」
私達はお弁当売り場に行き、かんぴょう巻きのパックを手にレジに並んだ。
するとレジに入っている遅番勤務の同僚が言った。
「なーに、あなた達も?」
「何が?」
「さっき青果のスタッフがみんなで買って帰ったわよ」
横のレジの同僚が言った。
「あー、私も欲しいのにな。仕事が終わるまで残ってるかしら」
私は自宅に帰ると早速、お昼ごはんに食べる事にした。
早く食べてみたい。
お茶を入れる事もせずに一口つまむ。
そして眉根を寄せて言った。
「うーん・・普通」
翌日、持ち場のレジに入ろうと店内を歩いていると売り場主任がお弁当売り場でかんぴょう巻きを並べていた。
随分といっぱいある。
私は主任に訊いた。
「今日、特売にするんですか?」
内心、それなら昨日じゃなくて今日買えばよかった、と思っていた。
「違うよ」
ニコニコしながら主任は言った。
「昨日、かんぴょう巻きの売れ行きが良かったから今日は多めに仕入れてみたんだ」
「・・・・」
その日、かんぴょう巻きがみごとに売れ残ったのは言うまでもない。
最期までお読み下さいましてありがとうございました。もしよろしければ『弱小、超常現象研究部』をお読みください。今までの短編をまとめた一話完結の短編集になっておりますので、お楽しみいただけたらと思っております。