「愛の花束を君に捧ぐ」(I Dedicate a Bouquet of Love to You):はる×蕾
#記念日にショートショートをNo.5『10年後の約束』(Promise of 10 years later)
2018年5月4日(金)みどりの日 公開
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「愛の花束を君に捧ぐ」シリーズ
「大きくなったら、結婚してください!」
三つ葉の絨毯の上で小指を繋ぐ。そよ風が、やさしく髪を揺らす。青葉の薫りが、わたしたちを包む。
「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ーます、指切った!」
小指を離す。夏の日差しが、青葉を照らす。世界が、きらきらと輝く。
「はるのことが好きです」
蕾が少し照れた表情でわたしを見つめる。大好きな人の声が、初夏の風に重なり、わたしのもとに届く。嬉しくて、ただ嬉しくて、わたしは頬を紅潮させて蕾に答える。
「わたしも、蕾のことが好きだよ!」
蕾がわたしを見つめる。蕾の手が、わたしの頬に伸びる。
「はる」
蕾がわたしの名前を呼ぶ。そっと、瞳を閉じる。
わたしたちは、三つ葉の上で、キスをした。
私の名前は、早本はる。高校3年生。共学制の私立高校に通っている。部活は吹奏楽部に所属していて、フルートを担当している。今日5月4日は、世間一般ではゴールデンウィークの真っ只中で学校はお休みだけれど、私は部活で学校に来ている。高校生活最後の大会が近いから、休みの日にも部活があるのだ。時刻は午後4時で、部活自体は終わったけれど、私は自主練をするために学校に残っている。
フルートを持って教室へ向かう。さすがに受験生だからか、自主練をするために残る人はいない。窓側の席に座る。
風が気持ちいい。楽譜を置き、フルートを構える。息を通す。風に乗せて吹く。きれいに音が響く。演奏しながら、9年前の約束が蘇る。家庭の都合で、海外へ行ってしまった、初恋の人との約束。
「10年後の今日、また会おう」と。
➖その時には、僕たちの想い出の曲をピアノで弾くから、とも。
➖蕾は、9年前のあの約束を覚えているのだろうか。初めて告白された相手。初めて告白した相手。そして、ファーストキスをした相手。
蕾との最後の日、人生ではじめて、私はキスをした。三つ葉が広がる青い空の下で。それが、いままでで最後にしたキスだった。蕾は、高校までは向こうで過ごすと言っていたから、日本に帰って来るのは来年になる。10年なんて長いと思っていたけれど、もうそれが来年なんだなと、いまではしみじみと感じる。
あのメロディーを奏でたくなって、自主練を中断する。私の一番好きな曲『愛の夢』。風に音符を乗せる。瞳を閉じる。
その時、同じメロディーが聴こえた。私のフルートの音じゃない……どこかで、ずっと、ずっと昔に、一度聴いた……。
音の正体が知りたくなって、フルートを片手に教室を出る。耳に聴こえる音を頼りに、廊下を進む。階段を登り、4階へ行く。
音は、音楽室から聴こえていた。ドアの向こうから『愛の夢』が、聴こえる。
音はすでに、終盤に差し掛かっていた。ガラスのように駆け下り、ゆっくりと単音が紡がれ、一瞬の沈黙。そして序盤のメロディーが繰り返される。音が消える前に、その音を聴きたくて、ドアを開ける。かすかなキィーという音。
男の人が、ピアノを弾いていた。
後ろから、鍵盤を流れる細い指を見つめる。メロディーが変わり、エンディングに入る。あの時の青空のように、澄み渡った音色が奏でられる。
やがて、音が消えた。演奏が終わる。思わず、拍手をしていた。男の人が驚いて振り返る。
「びっくりした。聴いてたの?……!」
驚きが違う驚きに変わる。目を見開いている。それはわたしも同じだった。思わずフルートを取り落す。フルートが床にぶつかるカラン、という音が響く。
「………はる?」
「………蕾?」
同時に、互いの名前を呼ぶ。わたしの声が蕾を、蕾の声がわたしを呼ぶ。
どっと、涙が溢れる。蕾に駆け寄る。9年ぶりに、蕾を感じる。
「……驚かさないでよ!10年って言ったじゃん!」
蕾がわたしの髪を撫でる。
「はるに早く会いたくて、日本の大学に行きたいって言ったら、親から許可が下りたから一人で戻って来た」
蕾がわたしを抱き締めてくれる。
「……こんなに早く会えるなんて、思ってなかった。すごい嬉しい」
「わたしも」
「はる」
蕾がわたしを離す。その瞳が、潤んでいる。
蕾の前に立つ。背が伸びて男らしくなった蕾を、見上げる。蕾が微笑む。
「…ただいま」
「おかえりなさい」
微笑んで、わたしも言う。
「…それで、今年からここに転入するのね」
「うん、新学期には間に合わなかったけど、ゴールデンウィーク明けから正式に。今日は下見」
教室に戻り、9年前の続きを噛み締めるように話す。お互いに9年の空白を埋めるように。
「はるは、フルートやってるんだね」
「うん、あの曲を、自分でも弾いてみたいなって。ピアノは蕾がやってたから、違う楽器がいいなって」
「はるのフルート、聴いてみたいな」
蕾がぽつん、と呟く。動揺して、思わず立ち上がる。
「え!そんな!わたし、そんなに上手くないよ?蕾みたいに小さい頃からやってないし」
蕾が苦笑する。
「僕だって、ずっとピアノやってたわけじゃないよ。さっきのが、こっち出てからはじめて弾いたし」
「…え、じゃあ、さっきの9年ぶりなの?」
「うん。向こうではピアノ買うお金も無かったし、弾ける環境じゃなかったしね。だから、学校来て、衝動で音楽室に行っちゃった」
蕾が苦笑いする。
「本当は、ちょっと練習してから、はるに聴いてほしかったんだけど、まさか学校にいるとは思わなかった」
だから、と蕾が机に手を置いて立ち上がる。
「もう聴かれちゃったんだから、はるのも聴きたいよ。じゃないと不公平だろ」
蕾の顔がドアップになって、思わず顔を背ける。恥ずかしくて、直視できない。
「…わ、わたし……そんなに上手に吹けないよ?」
申し訳なくて、蕾を見ることができない。沈黙が続く。風だけが、変わらずに吹いている。
「……はる」
蕾の声。
「……僕のこと、まだ好き?」
蕾の言葉に驚いて目を見開く。
「……僕は、はるのことが好きだよ。いまでも、これからも」
「……」
胸がドクン、ドクン、と音を立てる。心臓の音が、蕾の声をぼかす。
「……私も、蕾のことが好きだよ。」
声が震える。俯いたままで、答える。
「……恋愛対象として、好き?」
顔が熱い。恥ずかしくて、ぎくしゃくと首を縦に動かす。
「……じゃあさ、約束してほしいことがあるんだ」
「……僕にいつか、はるのフルートを聴かせてほしい」
「……」
「……だめかな?」
風がカーテンを揺らす。
「……いいよ」
小さなわたしの声を、風に乗せて、蕾に届ける。
「……ありがとう。」
「……はる」
蕾がわたしの名前を呼ぶ。机に置いたわたしの手に、蕾の手が重なる。
9年ぶりの、キスをする。
厳かにベルの音が鳴り響く。
蕾と再会してから一年が経った今日、わたしは白いドレスを着て、この日を祝いに来てくれた人たちの間を笑顔で歩いている。➖蕾と一緒に。
わたしたちは、今日、正式に夫婦になった。10年前の約束が、今日叶ったのだ。
蕾と一緒に、神父さんの前に立つ。
「新郎・蕾さん、新婦・はるさん。良いときも悪いときも、富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも、死が2人を分かつまで、愛し合い、尊重し合い、助け合うことを誓いますか?」
「はい。誓います。」
2人の声が重なる。続けて指輪の交換をする。
「それでは、誓いのキスを」
神父さんの声が教会に響く。
緊張した面持ちで、蕾がベールに手を掛ける。
蕾に合わせて、ゆっくりと腰を落とす。
ベールの壁が取り払われ、2人の距離が縮まる。
蕾の手がわたしの肘に添えられる。
微笑んで瞳を閉じる。
蕾の唇とわたしの唇が重なる。
10年前のように、わたしたちはキスをした。
【登場人物】
○早本 はる(はやもと はる/Haru Hayamoto)
●蕾(つぼみ/Tsubomi)
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
◎冒頭シーンについて
映画『僕の初恋をキミに捧ぐ』からインスピレーションを受けています。
【原案誕生時期】
公開時