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「愛の花束を君に捧ぐ」(I Dedicate a Bouquet of Love to You):はる×蕾

#記念日にショートショートをNo.5『10年後の約束』(Promise of 10 years later)

作者: しおね ゆこ

2018年5月4日(金)みどりの日 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n6238ic/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/nb69fe0eecad3)

【関連作品】

「愛の花束を君に捧ぐ」シリーズ

 「大きくなったら、結婚してください!」

三つ葉の絨毯の上で小指を繋ぐ。そよ風が、やさしく髪を揺らす。青葉の薫りが、わたしたちを包む。

「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ーます、指切った!」

小指を離す。夏の日差しが、青葉を照らす。世界が、きらきらと輝く。

「はるのことが好きです」

蕾が少し照れた表情でわたしを見つめる。大好きな人の声が、初夏の風に重なり、わたしのもとに届く。嬉しくて、ただ嬉しくて、わたしは頬を紅潮させて蕾に答える。

「わたしも、蕾のことが好きだよ!」

蕾がわたしを見つめる。蕾の手が、わたしの頬に伸びる。

 「はる」

蕾がわたしの名前を呼ぶ。そっと、瞳を閉じる。

わたしたちは、三つ葉の上で、キスをした。




 私の名前は、早本はる。高校3年生。共学制の私立高校に通っている。部活は吹奏楽部に所属していて、フルートを担当している。今日5月4日は、世間一般ではゴールデンウィークの真っ只中で学校はお休みだけれど、私は部活で学校に来ている。高校生活最後の大会が近いから、休みの日にも部活があるのだ。時刻は午後4時で、部活自体は終わったけれど、私は自主練をするために学校に残っている。

 フルートを持って教室へ向かう。さすがに受験生だからか、自主練をするために残る人はいない。窓側の席に座る。

風が気持ちいい。楽譜を置き、フルートを構える。息を通す。風に乗せて吹く。きれいに音が響く。演奏しながら、9年前の約束が蘇る。家庭の都合で、海外へ行ってしまった、初恋の人との約束。

 「10年後の今日、また会おう」と。

➖その時には、僕たちの想い出の曲をピアノで弾くから、とも。

➖蕾は、9年前のあの約束を覚えているのだろうか。初めて告白された相手。初めて告白した相手。そして、ファーストキスをした相手。

蕾との最後の日、人生ではじめて、私はキスをした。三つ葉が広がる青い空の下で。それが、いままでで最後にしたキスだった。蕾は、高校までは向こうで過ごすと言っていたから、日本に帰って来るのは来年になる。10年なんて長いと思っていたけれど、もうそれが来年なんだなと、いまではしみじみと感じる。

 あのメロディーを奏でたくなって、自主練を中断する。私の一番好きな曲『愛の夢』。風に音符を乗せる。瞳を閉じる。

 その時、同じメロディーが聴こえた。私のフルートの音じゃない……どこかで、ずっと、ずっと昔に、一度聴いた……。

 音の正体が知りたくなって、フルートを片手に教室を出る。耳に聴こえる音を頼りに、廊下を進む。階段を登り、4階へ行く。

音は、音楽室から聴こえていた。ドアの向こうから『愛の夢』が、聴こえる。

音はすでに、終盤に差し掛かっていた。ガラスのように駆け下り、ゆっくりと単音が紡がれ、一瞬の沈黙。そして序盤のメロディーが繰り返される。音が消える前に、その音を聴きたくて、ドアを開ける。かすかなキィーという音。

 男の人が、ピアノを弾いていた。

後ろから、鍵盤を流れる細い指を見つめる。メロディーが変わり、エンディングに入る。あの時の青空のように、澄み渡った音色が奏でられる。

 やがて、音が消えた。演奏が終わる。思わず、拍手をしていた。男の人が驚いて振り返る。

「びっくりした。聴いてたの?……!」

驚きが違う驚きに変わる。目を見開いている。それはわたしも同じだった。思わずフルートを取り落す。フルートが床にぶつかるカラン、という音が響く。

「………はる?」

「………蕾?」

同時に、互いの名前を呼ぶ。わたしの声が蕾を、蕾の声がわたしを呼ぶ。

どっと、涙が溢れる。蕾に駆け寄る。9年ぶりに、蕾を感じる。

「……驚かさないでよ!10年って言ったじゃん!」

蕾がわたしの髪を撫でる。

「はるに早く会いたくて、日本の大学に行きたいって言ったら、親から許可が下りたから一人で戻って来た」

蕾がわたしを抱き締めてくれる。

「……こんなに早く会えるなんて、思ってなかった。すごい嬉しい」

「わたしも」

「はる」

蕾がわたしを離す。その瞳が、潤んでいる。

蕾の前に立つ。背が伸びて男らしくなった蕾を、見上げる。蕾が微笑む。

「…ただいま」

「おかえりなさい」

微笑んで、わたしも言う。




 「…それで、今年からここに転入するのね」

「うん、新学期には間に合わなかったけど、ゴールデンウィーク明けから正式に。今日は下見」

教室に戻り、9年前の続きを噛み締めるように話す。お互いに9年の空白を埋めるように。

 「はるは、フルートやってるんだね」

「うん、あの曲を、自分でも弾いてみたいなって。ピアノは蕾がやってたから、違う楽器がいいなって」

「はるのフルート、聴いてみたいな」

蕾がぽつん、と呟く。動揺して、思わず立ち上がる。

「え!そんな!わたし、そんなに上手くないよ?蕾みたいに小さい頃からやってないし」

蕾が苦笑する。

「僕だって、ずっとピアノやってたわけじゃないよ。さっきのが、こっち出てからはじめて弾いたし」

「…え、じゃあ、さっきの9年ぶりなの?」

「うん。向こうではピアノ買うお金も無かったし、弾ける環境じゃなかったしね。だから、学校来て、衝動で音楽室に行っちゃった」

蕾が苦笑いする。

「本当は、ちょっと練習してから、はるに聴いてほしかったんだけど、まさか学校にいるとは思わなかった」

だから、と蕾が机に手を置いて立ち上がる。

「もう聴かれちゃったんだから、はるのも聴きたいよ。じゃないと不公平だろ」

蕾の顔がドアップになって、思わず顔を背ける。恥ずかしくて、直視できない。

「…わ、わたし……そんなに上手に吹けないよ?」

申し訳なくて、蕾を見ることができない。沈黙が続く。風だけが、変わらずに吹いている。

 「……はる」

蕾の声。

「……僕のこと、まだ好き?」

蕾の言葉に驚いて目を見開く。

「……僕は、はるのことが好きだよ。いまでも、これからも」

「……」

胸がドクン、ドクン、と音を立てる。心臓の音が、蕾の声をぼかす。

「……私も、蕾のことが好きだよ。」

声が震える。俯いたままで、答える。

「……恋愛対象として、好き?」

顔が熱い。恥ずかしくて、ぎくしゃくと首を縦に動かす。

「……じゃあさ、約束してほしいことがあるんだ」

「……僕にいつか、はるのフルートを聴かせてほしい」

「……」

「……だめかな?」

風がカーテンを揺らす。

「……いいよ」

小さなわたしの声を、風に乗せて、蕾に届ける。

「……ありがとう。」

 「……はる」

蕾がわたしの名前を呼ぶ。机に置いたわたしの手に、蕾の手が重なる。

9年ぶりの、キスをする。




 厳かにベルの音が鳴り響く。

蕾と再会してから一年が経った今日、わたしは白いドレスを着て、この日を祝いに来てくれた人たちの間を笑顔で歩いている。➖蕾と一緒に。

わたしたちは、今日、正式に夫婦になった。10年前の約束が、今日叶ったのだ。

 蕾と一緒に、神父さんの前に立つ。

「新郎・蕾さん、新婦・はるさん。良いときも悪いときも、富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも、死が2人を分かつまで、愛し合い、尊重し合い、助け合うことを誓いますか?」

「はい。誓います。」

2人の声が重なる。続けて指輪の交換をする。

 「それでは、誓いのキスを」

神父さんの声が教会に響く。

緊張した面持ちで、蕾がベールに手を掛ける。

蕾に合わせて、ゆっくりと腰を落とす。

ベールの壁が取り払われ、2人の距離が縮まる。

蕾の手がわたしの肘に添えられる。

微笑んで瞳を閉じる。

蕾の唇とわたしの唇が重なる。

10年前のように、わたしたちはキスをした。

【登場人物】

○早本 はる(はやもと はる/Haru Hayamoto)

●蕾(つぼみ/Tsubomi)

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

◎冒頭シーンについて

映画『僕の初恋をキミに捧ぐ』からインスピレーションを受けています。

【原案誕生時期】

公開時

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