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メンヘラの妹が悲劇のヒロインを気取っているので望み通り王子様(ヤンデレ)を押し付けてやる

1

 伯爵令嬢イザベル・リシャールにはミレイユという名の病気の妹がいる。頭の方だ。



 ミレイユは自分がいじわるな姉に虐げられている妹なのだという妄想を屋敷中で触れ回っている。怪我をすればイザベルにやられたと主張し、食事が気に入らなければイザベルに変なものを混ぜられたと主張し、イザベルがミレイユの持っていない装飾品を所持していればイザベルに取られたと主張する。ここまで自己主張できる『虐げられた妹』という存在を見たことがないが、ミレイユの中では完全に自分が悲劇のヒロインとして成立しているらしい。


 もちろんミレイユとて最初からこうだったわけではない。原因を探せば母の死にある。優しかった母が死んだとき、ミレイユは数週間寝込んだ。そしてそれを不憫に思った父が思い切った判断をした。これまで厳格だった教育方針を一変させ、娘を甘やかし始めたのだ。


 イザベルにとっては今更父が歩み寄ってきても気味が悪いとしか思わなかったが、ミレイユの方は甘えに甘え始めた。これまで必死の思いで取り組んできた勉学や礼儀作法の訓練をやめて遊び始めたのだ。


 当然、徐々に難しくなっていくものを日常的にこなさなくなれば、いずれついていけなくなる。どんどん一般的な子女に比べて遅れていったミレイユは、それを悠々とこなしていく姉に劣等感を募らせていった。


 そして事件が起きる。ある日、ミレイユはガラスの破片が床に落ちているのを見つけた。それはただのメイドの不始末だったのだが、ミレイユはイザベルが自分に怪我をさせるために仕掛けたものだと騒ぎ出した。当然普段から遊び惚けている人間のいうことなど誰も信じない。ミレイユを溺愛する父でさえ懐疑的だった。


 しかしその対応がミレイユのゆがんだ自尊心を傷つけ、火をつけた。ミレイユはわざと花瓶を割り怪我を負うと、イザベルに襲われたのだと主張し始めた。それでも信じないものが現れると、花瓶を割った罪を押し付け解雇した。それ以来屋敷の使用人は常にミレイユのいうことを信じるか、解雇されるかの二択を迫られるようになった。


 さすがにその惨状を見かねたイザベルは、ミレイユの恐怖政治を父に直訴しに向かった。ミレイユは完全に病気であり、しばらく人の目の触れない場所、特に劣等感の元である自分が目に入らない場所に隔離するべきだと。


しかし何をどう間違ったのか、父はイザベルがミレイユを人目の触れないような座敷牢に閉じ込めて自分の目に触れないようにしろと言ったと解釈した。父はこれまで懐疑的だったイザベルへの見方を完全にミレイユの虚言を真実だったと判断した。


 そして父はミレイユを守るためにイザベルを人目に触れない僻地の別宅へ幽閉することにした。




2

 イザベルにとって別宅での生活は存外悪くないものだった。妹の虚言に悩まされることもなく、恐怖と良心の呵責で頬がひくついているような哀れな使用人たちに囲まれることもなく、伸び伸びと過ごすことが出来た。


 ある日イザベルは一人で乗馬に出かけた。使用人たちはイザベルを屋敷から出さないように命じられているが、監督者もいない場所で真面目に取り組む人間などいない。隠れて抜け出す程度なら皆目をつむってくれていた。


 そこで平原を走っていたとき、木の影で休んでいる青年を見つけた。ふとどこかで見たことがある顔だと思い、イザベルは声をかけた。


 なんでも彼は信じていた恋人が不貞を働いていたことから人間不信になり、誰もいない場所に行こうとここまで逃げて来たという。どことなく自分に重なるものを感じたイザベルは彼を励まし、涙を拭くためのハンカチを手渡した。


「別に無理して他人に付き合う必要はないんですよ。世捨て人のような生活も意外と悪くないものです」


 こういう言葉を二言三言交わして立ち去ったイザベルは、彼に渡したハンカチがリシャール家特有の刺繍が入ったものだったことを思い出した。流石に隠れて家を出ている身で自分が特定出来るようなものを渡すのは軽率だったとイザベルは反省した。



 それが後に反省から後悔に変わることになる。



 家に戻ったイザベルを待ち構えていたのは王家親衛隊による厳戒態勢だった。そこで先の青年をどこで見たのか思い出した。


 彼の名はマルク・ウィルフリード。この国の第一王子だ。




3

 親衛隊に囲まれたイザベルを待っていたのは王家への軽率な振る舞いを咎める断罪ではなく、第一王子からの婚約の申し出だった。特に大きな後ろ盾もない伯爵令嬢であるイザベルに断ることなど出来るはずもなかった。


 王子の婚約者となったイザベルを待っていたのは囚人のような監禁生活だった。恋人を寝取られたマルクの束縛は凄まじいもので、イザベルは必ず女性親衛隊員の監視の元で過ごすことになった。


 ドアを閉めきった部屋で過ごすことは一切許されず、就寝するときや身を清めるときはおろか用を足すときですら監視がついて回った。


 そして日中は膨大に送られてくるマルク王子からの恋文に延々と返事をかく作業に追われた。少しでも手を抜くと咎められるので非常に手を煩わせられる。


 そのくせ王子は計画があるとかで会いにすら来ない。


 それだけならばまだなんとかなった。だがそれだけでは済まなかった。王子の婚約者になったことで妹であるミレイユからの嫉妬が再燃したのである。


 ミレイユはことあるごとにイザベルに王子を奪われたのだと主張した。本来自分が王子の婚約者になるはずだったのだと意味の通らない話を延々まくし立てた。


 イザベルは正直代わって欲しいくらいだったが、ミレイユが欲しいのは悲劇のヒロイン的な最後に王子様に見初められて結婚するという状況と地位だけで、束縛の激しい王子の機嫌を取るというものは含まれないようだった。


 ミレイユは以前のように自傷行為によって姉に虐げられているという妄想を触れまわり出したが、凄まじい監視下にあるイザベルに出来るはずもなく、王家の親衛隊を左右出来るような権力もないため不発に終わった。


 そこでミレイユは、王家と婚約したリシャール家の令嬢であるという状況を利用して、あたかも自分が王子の婚約者であるかのようになりすまし始めたのである。


 市井(しせい)の人々は王子が婚約したのがリシャール家の娘であるとしか知らず、まさかイザベルが監禁状況にあるとは夢にも思わない。そこでミレイユの奔放な行動が噂になり、王子の耳にまで入るようになった。


 無論、イザベルを待っていたのは激しい叱責の手紙の数々である。自分は屋敷に監禁状況にありそんな行動が取れるはずがないと送っても聞く耳も持たない。親衛隊たちも真剣に監視し毎日のように報告書を送っているというのに自分たちではなく風評を信じられて不満そうだった。


 そこでイザベルが婚約破棄されても良い覚悟で王子が一度も会いに来ないことや、くだらない街の噂を信じて自分の婚約者の言うことが信じられないのかと責めると、王子は一転して謝罪の手紙を山のように送ってくる。


 送られれば送られるほど返事を書かなければならないイザベルには苦痛でしかないし、その山のような手紙も同日に送られるものの途中からはいつもの調子に戻ってイザベルの行動を咎める文面に変わってくる。そして謝りはしても計画があると言って一度も会いにはこない。


「……ほんと面倒ね。そんなだから前の恋人に逃げられるのじゃないかしら」


 今まで一言一句イザベルの言動を報告書にあげていた親衛隊員は、初めてこの言葉を報告書にあげなかった。




4

 王子の計画がついに実行されるらしい。一度も会いに来ないマルク第一王子に代わってそれを知らせに来たのは第二王子だった。ニコラ第二王子は兄の性格を知っていて親衛隊を労いに来たり、あまりに酷い監視環境を改善に来ていたりと、婚約した第一王子よりイザベルと親しいくらいだった。


 なんでも計画が実行されると永遠に二人が結ばれるのだとかマルク王子は言っているらしい。あの性格で永遠などと言われるの嫌な予感しかしない。


 そこでマルク王子とミレイユに振り回され続け、完全にイザベルに同情的になっていた親衛隊達と第二王子は一計を案じた。



※※※※※


 潮の音が聞こえている。マルク王子はまだ薬で眠っている自分の婚約者を見た。腕にはたくさんの細かな傷がある。きっと長く運命の人と会えなかった苦痛から出来たものなのだろう。だがこれからは無縁のものだ。


 初めて彼女に会ったときに言われた言葉を思い出す。あのとき自ら命を絶とうとしていた自分を救ってくれた言葉を。彼女がそう言ってくれたからマルクはこの計画を立てた。


「…………ここは……?」


 ようやく目覚めた彼女はあたりを見回すとそうつぶやいた。


「ああ……! 目覚めたんだね。今まで会いに行けなくて本当にごめん。でもこれからはずっと一緒だよ」

「……あなたがマルク王子?」

「ああ、そうだよ。愛しい人」


 まだ状況を把握出来ていない彼女はきょとんとした表情であたりを見回した。


「……ここはどこかの避暑地かしら。使用人はどこにいるの?」

「いいや、これからはここが僕たちの愛の巣になるんだ。誰にも煩わされず、誰にも邪魔されずにずっと生きていくことが出来るんだ。初めて会ったときのあの言葉を忘れたのかい?」



 ──別に無理して他人に付き合う必要はないんですよ。世捨て人のような生活も意外と悪くないものです。


 マルクはその時決心した。人間は誰も信用出来ない。だからこれからは無人島という自分たち二人しかいない世界で誰にも邪魔されずに生きようと。


「これからは二人だけで手と手を取り合って生きるんだ。これまでの苦痛の日々は終わり、新しい世界の夜明けが今始まるんだ!」


 興奮するマルクに比例して彼女の顔がどんどん蒼白に染まってゆく。


「じゃ、じゃあ王宮でなに不自由なく過ごすことも、私の言うことをなんでも聞いてくれる従僕もいないの?」

「何を言ってるんだい? イザベル、そんなもの愛があれば何一つ必要無いだろう?」

「……………………………う」


 彼女が声を震わせながら言った言葉をマルクは聞き逃し再度問いかけた。


「なんだって?」


「人違いよ! イザベルは私の姉! わたしはミレイユよ!! 早くうちに返して頂戴!!」



 誰にも邪魔されないということは誰も助けに来ないということでもある。



※※※※※



「とまあ、今頃こういうことになっているでしょうね」


 ニコラ第二王子の言葉にイザベルは久々に笑みを零した。


「妹のミレイユはずっと王子様と結婚するのが夢でしたからね。夢がかなって何よりです」

「……あなたはどうなのですか?」

「それはどういう意味でしょう」

「一国の王子と結婚するのに憧れはありませんか?」


 イザベルは頬に手を当てて考えると微笑んだ。

「考えておきます」



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[一言] 双子じゃないようだしそこまでそっくりだとは思えないけど愛しの女の顔とその妹の顔の区別がつかないのか 闇が深い この弟も厄いのだろうか
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