8話 到着した村で待ち受けていたのは、妙な賊で……?
引き続きよろしくお願いします。
一夜明け、ハイネらは森を抜け行き当たった小さな道をひた歩いていた。
どことも分からぬ場所だった。
そして、いつ魔物や獣の類が飛び出してくるや知れない環境である。
それでなくとも、野営するような道具も持ち合わせていない。
一度はマナで結界を成す案も出たが…………。
どのレベルの魔物が出てくるかがわからないため、結局取りやめになった。
それでなくとも覚えたての魔法である。まだ全幅の信頼は置けない。
だから、ぶっ続けで歩いていた。
それでもハイネが眠気に襲われなかったのは、
「ハイネ様にゴミ投げつけてくる馬鹿がたくさんいて、ほんとむかついたんですよ。
天使の罰を下してやろうと何度思ったか!」
同行者となった天使・ナナが、やたらと喋ってくれるからだった。
首輪により、ハイネの中に封印されていた時も、彼女に意識はあったらしい。
その分、色々な感情になったというが、彼女の主だった女神・アテナイはハイネの中に完全に溶け込み、言葉を発さなかったらしい。
誰にも愚痴や想いを共有できず、ナナは苦しんでいたそうだ。
その感情が今になって、爆発しているとか。
ハイネは聞いていて、ふと疑問に思う。
「そういえば、ナナさんは天使なんだよね。じゃあ別に、10年くらい大した時間じゃないんじゃ……?」
「そりゃあそうですけど、体感は同じですもん〜。1000年生きてても、10年は長いんですよ」
見た目は、ハイネと変わらない年頃に見える。
いや、それ以下かと思うくらい幼く映るのに、この少女は自分の数百倍の時間を生きてきたのだ。
「……そっか、ナナさんは1000歳なんだね」
「なっ、年増じゃないですよ!? 天使の中では若い方ですし! というか、1000歳だなんて言ってませんし!?」
この焦りようは、間違いなく図星だ。
……1000年生きてきた天使の反応にしては、随分と分かりやすすぎるが。
「わたくしは1000歳じゃなくて、繊細なんです〜」
それはかなり無理がないだろうか。
下手くそな口笛を吹くナナを見て、そう思うハイネだったが、そもそも年齢を指摘したかったのではない。
「ねぇ、本当にこのままの言葉遣いでいいの?」
「いいんですよ、別に! ほら、わたくし、この世界はまだ10年目、10歳ですし。可愛い後輩ができたと思ってくださいな」
「後輩なんて持ったことないから、分からないよ」
「まぁ! じゃあ、わたくしが初めての後輩ですね」
満面の笑みを咲かせ、ナナはハイネの腕にしがみつく。
反射的に距離を取ろうとするハイネだったが、
「後輩と先輩は常にくっついているものですよ? 知らないんですか」
今度は強引に袖を引かれる。
肘先がやけに柔らかいけれど、こんな時どうすればいいのかハイネは知らない。
なぜか熱くなる顔を誤魔化しているうちに、引きずられていくのだった。
♢
そうして、歩くことしばし。
その看板が見つかったのは、太陽がすっかり上りきった頃だった。
「やっと、村に着くみたいだね」
矢印の書かれた看板には、「カミュ村まで30分」と書かれてある。
名前だけは聞いたことがあった。
たしか、かなり山脇にあり森に囲まれた小さな村だ。
この村も、たしかマルテ伯爵の統治下にあるはずだった。
「おー、ついに! わたくし、少し疲れました。休憩でもしましょう〜」
「天使でも疲れるものなんだね?」
「そりゃあ人の形になって、歩いてるんですもの。それに、この足で歩くのなんて10年ぶりですし」
なるほど、途中から度を越して寄り掛かられていたのは、そういうわけか。
ハイネは納得しながら、頭の中では、今後の予定を組み上げる。
ハイネも、かなり疲弊していた。
日頃の労働で体力がある方とはいえ、寝ずに戦い、歩いたのだから、当然かもしれない。
「村へ入ったら、まずは魔物から剥ぎ取ったアイテムを売り、金を作って宿屋を借りて休もうか」
「宿屋! 宿屋!」
「それから、ご飯もどこかで調達しなくちゃね」
「ご飯! ご飯!」
まるで子供みたいな反応をして、ナナは元の勢いを吹き返す。
嬉しいと、羽が勝手に出てくるらしい。背中の後ろで、しきりにはためいていた。
その調子にあてられ、ハイネ自身もやや元気を取り戻し、村を目指していたところ、
「……様子が変かも」
まだかなり手前で、ナナが口に手を当てて言う。
「なにかあったの? 僕は、何にもわからないんだけど……」
「天使は人よりも耳がいいんですよ。わたくしは天使の中でも、聴覚には自信があるんです。
たくさんの情報を拾って、意識したものだけを集中して聞き取れるんです。……カミュ村で、なにか起きてるみたい」
ハイネに実感はゼロ、風が渡る音しか入ってこなかったが…‥。
近づけば不穏なやり取りが、朧げに聞こえてくる。
かなり年季の入った門を急いでくぐってすぐ、
「こ、これは…………」
「ハイネ様、あの子!」
衝撃的な光景が待ち受けていた。
思いきり、頭をぶたれたような感覚になった。
入ってすぐ。
本来ならば馬車の荷下ろしなどをするだろうスペースに、人が磔にされていたのだ。
それも、小さな女の子だ。せいぜい五、六歳だろう。
既にぐったりしている様子で、抵抗するだけの気力もないらしい。
力のない目が、うつろにハイネらを見下ろしていた。
磔台の下では、鎌を手にした恰幅のいい男がにやにや笑う。
「どうか、その子を、サリを離してやってください! あたしが悪いんですから!」
「はっ、馬鹿め。お前が供物納められねぇから、こんな目にあってんだろうがよ、このガキは」
「そ、それは…………」
母親だろうか。
若い女性が懇願するが、聞く様子もない。
周りの住人も、さんざん抵抗した後なのだろう。痛ましい目で見ることしかできていなかった。
「…………なんだ。こんな時に、よそ者かよ。あぁん!?」
ハイネらの来訪に気づいたらしい。癪に触る声で、その男はがなり立てる。
聞くに堪えなかったらしい。
ナナは、耳を覆い頭を伏せるが、ハイネは違った。
呪われた男だとか、下人だとか、頭の中に浴びせられた罵声たちが蘇る。
これくらいは慣れていた。なんなら、日常茶飯事のことである。
ただ、この状況は散々な目に遭い続けてきたハイネにしても、あまりに異常だ。
「なにをしている」
目を刃のように尖らせて、今に喉元に突き刺さんばかりの圧をハイネは発す。
「ちょっとばかりの罰だよ、罰。こいつの親が、貢物を渋ったからこうなったんだ。素直に出してりゃよかったのに。
ま、どっちにしても関係ねぇよ、よそ者にゃあ」
……どうやら始末のつけられない悪党らしい。
暴力を振りかざして、弱者から搾取をする。挙句は、子どもを見せ物にするとは。
昔から、ハイネを苦しめてきた人間たちと同じだ。自分より下の者の命など、どうでもいいと思っている。
少女の姿に、つい自分を重ねてしまう。
たとえば敵わないとしても、村の者ではないとしても。
罪のない子どもへの危害を、放っておけるわけがない。
「……その子を離せ、すぐに解放しろ」
「今だったら見逃してやる。いいからとっとと行けよ、見窄らしい格好しやがって!」
まともな返事はもらえなかった。
へっ、とそいつはハイネらの方へ唾をふきかける。
「10だけ数えてやる。とっとと行きな、死にたくなかったらなァ」
脅しのつもりだろう、側から部下らしき人間が出てきて、槍の穂先をこちらに向けた。
男はにちゃりと粘り気のある笑みを見せながら、両手を開く。
「いーち…………」
と、ハイネにはそれだけで十分だった。
自らの保身など、ひとつもその頭には、なかった。
彼女を見捨てようなどと、よぎりもしない。
腰刀を抜き放ち、少女を縛り付けていた縄紐を断つ。
納刀したのち、着地姿勢など取れないまま垂直に落ちてくる少女を、下へと滑り込み受け止めた。
やや無様な格好になったが、そこはご愛嬌だ。
躊躇のない判断だった。民衆も、悪党の男も、その様子に唖然としていたが、
「へぇ、一人でワテらとやろうってのか!? よそ者がヨォ!!」
怒り心頭らしく男は大声を上げ、口笛を吹く。
すると、わらわら、碌でもなさそうな連中が辺りから集まってきた。
どうやら、影に控えさせていたらしい。
「許さん、やっちまえ!!!! ものども!!」
戦いなど、昨日の夜覚えたばかりだ。
でも、ここでやらないわけにはいかない。