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5話 底辺聖職者、窮地に覚醒する。



引き続きよろしくお願いします。



意味不明なほど、身体が光り輝いていた。

自然な発光とは桁外れに眩しい。


そう、それはまるで魔法かのよう。

神の与える、人智の理解が及ばない美しさを持つ。


やがてその光が収縮していってから、ハイネは首を横へ振った。


それはありえないのだ。

一切の魔法適性なしと、下されたばかりである。魔力は、使えないはずだ。


だとすれば一体なんだろう。


どうすれば、一角オーガを怯ませ距離を取らせるほどの光を放てるというのか。



……誰かに魔法をかけられた?


こんな山奥であり得ないと思いながらも、ハイネは辺りを見回す。


すると、まったく思いがけず本当に目があった。



それは桃色の、淡く光る瞳。


そこにはいつの間にか、真っ白なドレスに身を包んだ、同い年頃の見た目をした少女がいたのだ。


それも、ドレス姿、薄ピンク色のボブヘアをたなびかせる美少女だった。


……幻覚と思わない方がどうかしている。


今際の時を迎えて、妄想が行きすぎているのかもしれない。




だが、もし現実だったらという可能性を考慮すればーーーー守らないわけにはいかない。


死に直面した、散々な状況である。


それでも、ハイネの正義感はきちんと仕事をしていた。皮肉ではあるが、教会仕事のおかげかもしれない。



様子見のためか一度は下がったものの、一角オーガは、その程度で諦めてくれる魔物ではない。


この山の主としての、王者たる誇りもあったのだろう。

人間如きに逃げられていては示しがつかないとでも思ったのか。


「ギャァァァッ!!!!」


一角オーガは叫びながら、拳を鋭利な刀状に変形させ天高く掲げ、ハイネたちへと振り下ろしてくる。


「僕のことはいいですから、今のうちに逃げてください! ここは危険です!」


少女にこう警告しながら、ハイネは攻撃に応じるため、腰刀をあわせにいった。


少しの時間稼ぐのが精一杯だろう。


自分の命はここで終わり、最後に誰かを守れたのが唯一の救いだ。


「……ギ、ァァァ…………」


そう思っていたから、ハイネはしばらく状況を理解できなかった。


大きく太く力強いオーガの刃と、頼りない護身刀のぶつかり合い。

勢いも、鋭さも、技術も全てが劣るはず。


だが結果、倒れ込んだのはハイネの方ではなかった。




山の斜面に沈んだのは、オーガの巨体。砕けたのは腰刀ではなく、オーガの拳。


さらに驚くべきは、腰刀だったはずのものが、いつのまにか立派な一振りの太刀になっていたことだ。



なにかの間違いか夢でも見ているのか、と己の拳を強く握り爪を立てる。


痛い。ちゃんと痛い。

その痛みはたしかに、ハイネに勝利を告げていた。


太刀は今も、闇夜を裂くような、強い光を放つ。

訳がわからず、その刀身をじろじろと見ていたら、


「守っていただき、ありがとうございます。助かりました」


闇を照らすような、晴々しい声。


それではっと思い出して、ハイネは身体を翻す。

神々しさすら感じる少女の美貌に、傷はないかと目を這わせた。


光る刀のおかげで、はっきり見ることができた。

よかった、大事はなさそうだ。


「さすがですねぇ。やっぱり女神様が見込んだだけのことはあります、ハイネ・ウォーレン様」


一息ついたところ、遅れてやってきたのは違和感だった。


「えっ、あなた……。なんで僕の名前を知っているんです?」

「それは、当たり前ですよ。これまでだって、ずっと何年も、ハイネ様を見てきましたから♪ やっと会えましたね」

「……えっと? 僕は天涯孤独だったと思うんですが」


捨て子であったから、親の顔すら覚えていないのだ、ハイネは。


親族というものに会ったこともないので、誰かに見守られていたような覚えはなくて当たり前だった。


それにもし、こんな美しい少女と出会っていたら、忘れられるはずがないとも、ハイネは思う。


「え〜、薄情だなぁ。……なんて冗談ですよ。わたくしのことを知らないのは当然です。

 だって、女神様ともども封じ込められていたんですもの、それに」


彼女が細っこい指でさした先には、


「……呪いの首輪」


無残に砕けて、土と入り混じっている。

それを目にして、全身の血の気が一斉に引くのを感じた。


封印が解かれてしまったとしたら、


「まさか、あなた悪魔ですか!?」

「む、違いますよぉ。むしろ真逆です、真逆〜」

「……悪魔の反対っていうと?」

「天使ですよ、天使。わたくし、ナナと申します」

「天使………というと、神の使者の?」

「はい! わたくしは、『構築』を司る女神・アテナイの使者です」


聞いたことがない神様だった。


基本的にこの国には、創造神・ミーネの他に信奉されている神はいない。



それ以前に、ナナの身分自体、本来は疑うべきなのだろう。


言葉遣いも、軽薄だし、態度もうわついていた。

見た目はたしかに天使らしいが、中身は町娘といわれるほうが、理屈は通る。


ーーだが、不思議とハイネに疑念は湧き起こっていなかった。


このナナという少女が神の使者を、天使を名乗ることに、なんの拒否感もないのだ、これが。


本能的な感覚がハイネへ、真実だと訴えかけていた。


「引っ込めてますけど、羽だって出せますよ? ほら、ぱたぱた〜」


背中から小さな真っ白い翼が生えてきて、闇を払うようにはためく。


こんなものを見てしまって、信じないわけにはいかない。


「アテナイ……。そんな神様、聞いたことがないんですが」

「あら。でも、ずっとハイネ様に側にいましたよ。なんなら今も」


ナナが、真っ直ぐに指を差す。


ハイネは背後を振り返るが、誰も見当たらない。そこにあるのは、草木だけである。


訝しんでナナを再度見れば、彼女の指は他でもない、ハイネ自身に向けられていた。


「えっと、僕……?」

「はい。なにせアテナイ様は、十年前その首輪に封じ込められた結果、あなたと完全に同化しているんですもの」


なんて突拍子もないことを言うのだろう。


彼女はつまり、『ハイネの中に女神が眠っている』とそう言うのだ。


つい、ハイネは言葉をなくしてしまった。


にわかには信じがたいというか、これで頷ける方がどうかしている。


「えっと、僕と女神が同化してる…………?」

「ハイネ様のお力が強すぎて、女神さまを取り込んじゃったんですよ〜。それで、代わりにわたくしが遣わされました」


続けて、さらりとトンデモ発言が飛び出し、ハイネの頭を痛める。


……こんな時こそ、一旦、話をはじめから整理しなければなるまい。


「そもそも、どうして女神様が、悪魔だなんて言われていたんですか?」

「それは〜、封じ込めた呪術者にとって、女神・アテナイ様が理解の及ばぬ存在だったからですよ。

 まさかそんな狼藉を働かれるとは思わず油断してたところを、首輪に閉じ込められたみたいで」


べー、と舌を出して、天使・ナナと名乗る少女は言う。


「じゃあ災いを引き起こしていた、っていうのはーー」

「それも逆です、逆。

 創造神・ミーネがあんまり酷い天災を生み出すので、救ってあげようと考えたアテナイ様が、わざわざ別世界から足を運んだら…………。

 この世界では、ミーネが絶対らしいですね。怪しい存在だと認識されてしまったみたいです」


…………なんだよ、それ。そんなのありか?


というのが、一口での感想であった。


無茶苦茶な話を聞かされている。


少なくとも、ハイネが生きてきた世界線とは随分遠くかけ離れた話だ。

でも、でっちあげの作り話にも思えないのは、ナナの持つ神秘性のせいだろうか。


「ま、アテナイ様は元々、この世界とは別の次元にいた神ですから。異物と見なされるのは、仕方ないのかもしれませんけど〜」


「…………あの、ナナ様。

 さっきの光は。剣が大きくなったのは、その、俺の中にいるっていう女神様が助けてくれたからでしょうか」


「もう、お固いなぁ。『ナナちゃん』でよろしくですよ、ハイネ様♪ それと敬語は禁止です」

「……あなたがそれを言いますか」

「あー、私の敬語は気にしないでください。神様方と話す時の癖なので」


言わないと、いつまでも引いてくれなさそうだった。


少女は一見ニコニコとしているが、一定以上の圧をかけながら、こちらに耳を傾けてくる。


「……えっと、じゃあ。ナナさん」


ハイネは、誰かを親しく呼んだことなどない。


だから、これが限界だった。それに、仮にもリアル天使様相手なのだ。


「まぁいきなり、ちゃん付けは厳しいですよねぇ。すいません、ありがとうございます」


いきなり、礼儀正しくなって、ドレスをつまみあげ彼女は恭しく一礼する。


柔らかに膨らんだ髪が、耳の後ろを通り首筋まで流れていた。

綺麗な輪郭に、高く綺麗なラインの鼻梁が顔立ちをくっきりさせる。


まるで教会の色ガラスを砕いたみたい。

きらきらと眩しい目を伏せながら、彼女は答えてくれた。


「それで、女神様がハイネ様を助けたかという点ですが、『そうではない』というのが答えになりますね。

 先ほどの魔法は、ハイネ様のお力だとしか言えません」


「……僕の力、ですか」

「はい、あなた様のお力でございます」


でも、自分は無能力だと判定されたばかりのはずだ。


ハイネは、倒れた一角オーガを見下ろす。


やはり、しっくりこなかった。こんな大化け物を倒せるような力が自らに備わっていたとは思えない。


「女神・アテナイ様の力をお使いになられたんですよ。つまり、今のハイネ様のお力でございます」

「……えーっと?」

「魔力は神が与えるものでしょう?」


確かに、その通りだ。


この世の人はみな、創造神・ミーネから力を授けられる。だが、


「ハイネ様の体の中には、女神様がいる。

 ミーネに与えられなかった力に代わって、そこから魔力を引き出したって感じですね〜」


ハイネの使った魔法は、供給元がまったく別らしかった。


前髪を耳にかけながら、少女は、いや天使・ナナはにこりと微笑む。


「でも、ハイネ様はすごいですね」

「僕はただ必死だったんだけど……」

「だからこそ天才なんですよ。

 女神・アテナイ様が供給する魔力は、この世界のものとは大きく違います。

 普通、初見で使いこなせる力ではない……。でも、あなた様は、あの汚れた獣を簡単に倒しちゃうんですから。

 きっと、その肉体、心が美しいので、魔力を綺麗に使えたのですね」


…………無能力だった僕が天才? ……泥水すすって生きてきた俺の身体と心が美しい?


いったい、なにを言っているのだろう。



唖然としてしまい再び言葉を失ったハイネの身体からは、急速に力が抜けていく。


そんな身体を支えてくれながら、うふ、と笑ったナナは、

「あら、思ったとおり、いい身体ですね♪ などと囁いてくる。


女性にこうまで接近されるのは初めてで、ハイネの頬は無意識のうちに赤くなった。

だがそれでも、すぐに笑みを取り繕う。


「……鍛えてなんかいませんよ。労働してきただけです」

「だからこそ、美しいんですよ。あなたの身体からは、努力を感じられます。

 わたくし、心の美しさくらいなら分かるんです。天使ですので」


器用に片目だけを瞑り、星でも出そうなウインクを一つ決めた後、神の使い・ナナは告げる。


「ハイネ・ウォーレン様。

 あなたは、魔法の適性がないのじゃありません。ただ、ミーネに嫌われていただけ」

「…………創造神に嫌われていた?」

「はい、でも、ただそれだけです。もう大丈夫ですよ。

 なにせ、あなたの魔力は、『ミーネ』というこの世界の理を超えたのですから。言うなれば……」


『超越』魔法、と。


ナナは艶めいて光る唇を弾いて、そう言った。








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