3話 呪われた男だとレッテルを貼られ、捕らえられた末追放される
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会場のほとんど全員が、ハイネの拘束に賛成していた。
反対の者は、ただ一人。
ナタリアは最後まで、父である伯爵を説得しようと粘ってくれたが、結局のところ無駄に終わる。
そうして身柄を拘束されたハイネが連れて行かれたのは、取り調べ所だった。
その状態で、身体調査がなされるが、やましいものは見つからない。
当たり前である。
なぜなら、ハイネは聖職者として、むしろ創造神・ミーネに、この身を捧げてきた人間だ。真っ白だと胸を張って言える。
不運にも、能力を与えられなかったというだけ。
ーーだが、ハイネに下されたのは、マルテシティからの追放処分であった。
その理由は、直接教えてはくれなかった。
ただ、マルテ伯爵とその部下が、壁の奥で話すのは、辛うじて耳に入ってきた。
「そもそもこの私が昔、あの青年に悪魔を封じ込めるよう命じたのだ。その手前、これまでは見過ごしてきたが…………。
呪われた子など、昔から厄介だと思っていた。
これを機に、我が領土から出て行ってもらおうというわけだ」
「マルテ伯爵。お言葉ですが、殺してしまったり、牢獄に閉じ込めなくともよいのですか?」
「殺せば、あやつに巣食う悪魔が、再び猛威を振るう可能性を否定できないだろう。
ならば生かしたまま、隣の領地に送り込み、問題を起こしてくれれば最高だと思わないか?
マルテ家にとって、勢力拡大の好機にもなる」
「さすがはマルテ伯爵! 相変わらず、よく考えていらっしゃる」
「ははっ。正直に、悪い領主だと言ってくれて構わんぞ?」
つまり、厄介払いしたうえで、あわよくば競合貴族を貶める道具にしてしまえ、と。
そういう魂胆らしい。
ただ、そんなものを知ったところで、どうにかする手立てがハイネにあるわけでもない。
反抗しようったって、立場も底辺、能力も持たない雑魚なのだ。
文字通り、無力だった。
衛兵に連れられ、ハイネはマルテシティの門外へと放り出される。
日はほとんど沈み、夜を迎えようとしている時刻だった。
ずっと忌み嫌われて生きてきたとはいえ、十年以上暮らしてきた街だ。
一抹の寂しさを覚えながら、ハイネは大きな門を振り返る。
普通なら今頃は、街の清掃を終え、教会で護符の作成など、作業に当たっている頃のはず。
時に小鳥と戯れながら、罵詈雑言を浴びせられながら。
……こう考えるとろくでもない。
心残りと言えるのは、せいぜい一つくらいだ。
だが、それはもう考えてもしょうがない。
目前に転がる問題は、今日からどう過ごしていこうか、とそれだけである。
今のところ、一切の見当がついていない。
ただ、もう戻ることはできないことだけは分かっていた。
西日を正面から浴びつつ、緩慢な足取りで、ハイネは街から離れていく。
足元ばかり見ていたら、
「待って」
そう声がかかって、後ろを振り返った。
長い影をその背後から伸ばしていたのは、金髪碧眼にして『剣聖』を賜った少女。
唯一、ハイネにとって心残りであった少女だ。
「……ナタリア様、どうしてここに」
「見送りにきたのよ。本当は引き留めたいけど、お父様は取り合ってもくれない。だから……」
本当に、どこまでできた人なのだろうか、この人は。
嬉しさや、別れなければいけない悲しさ。
それら、喉元から一気にこみ上げてくる、雑多な想いを、ハイネは飲み下す。なかったことにしようとする。
そして、普段となにも変えぬよう心がけ、微笑んで見せた。
「わざわざ、ありがとうございます。来ていただけただけで、嬉しく思います」
「だから固いって毎回言ってるじゃない」
変わらぬやりとりだが、ナタリアの声は悲痛に揺らぐ。
たかが惨めな貧乏人に会えなくなるくらいで、このご令嬢は胸を痛めてくれているらしい。
やはり、神に愛されるにふさわしい女性だ。
「これ、持っていって。どうせ、なにも持ち出せてないんでしょ? 護身刀とか、食料とか、携帯灯とかアイテムを入れてあるから」
彼女は、かばんをこちらに手渡してくれる。
実際、護身用の武器も、携帯食料も、なにも持たせてもらえていなかった。
ほとんど、この身一つで投げ出されていた。
申し訳ないと思いつつも、背に腹は変えられない。
ハイネは礼を言って、それをありがたく受け取ることにする。
代わりになるものがないかと探して、唯一発見したのは身につけていた腕輪だ。
「もし、よろしければこれを。一応、祈りは捧げてありますゆえ。いらないのであれば、遠慮なく捨ててください」
「……ありがとう、貰うわ」
そう言って彼女は、無言でちょっと腕を出す。
どうやら、つけてくれ、とそういうことらしい。
恐れ多いなと思いつつ、ハイネがその白い手首に触れると、ぽつりと彼女は呟く。
「…………ねぇ、本当に行くのよね」
「もちろんです。この街には、もういられませんから」
「だったら、さ。…………あなたがよかったら、私もついていっても」
彼女の手に力が篭るが、ハイネはすぐに首を横へ振った。
だめだ、それは。それはいけない。それ以上は、聞かせないでほしい。
彼女は、ナタリア・マルテは、マルテ伯爵の娘であり、神に愛された『剣聖』スキル所持者でもある。
彼女はきっとこれから、この国にとって重要な人物になっていく。
人々から、求められる存在になるのだ。
社会に不要と断されたハイネとは、大違いである。
それにもうこれ以上、彼女に迷惑をかけたくなかった。
その優しさに、甘えてはいけない。
ぐっと舌を噛み、やはり笑って彼女の手を離す。
「これ以上話していると、また冷たい目で見られますよ。僕なんかにここまで気を遣っていただき、ありがとうございました。
これまでのこと、とても感謝しています、ナタリア様」
「……ハイネ、あなた」
「あなたのおかげで、少しは生きることに希望を持つことができました」
言葉には収めきれない感謝の意を込めて、ハイネは深々と頭を下げる。
ろくに彼女の顔を見ることもできず、踵を返した。
「……絶対、無事で過ごしてね、ハイネ! 私の方こそ、あなたと仲良くなれて、本当によかったわ」
後ろから聞こえてきた咽び泣くような声は、聞かなかったことにするほかなかった。