20話 知識を頼りに戦闘指導?
頭を地面に擦り付けてまで頼み込まれたら、無碍にはできない。
聞けば、兄弟はカミュ村の住民らしい。
山へは狩りのために入り、猪やら鹿やらを食糧として狙っていたところ、魔物の襲撃にあったと言う。
……それにしても、
「あっ、くそ、また逃げられた! 俺のファイアーボール、命中率がなぁ……」
「また矢を無駄遣いしちまった…………」
これでは魔物相手に苦戦するのもわかる有様だった。
刀や弓が使い古されたボロなのは、あの悪徳代官のせいだとしても、単に技量が低い。
今も、猪一匹に二人がかりで弄ばれていた。
これでは、狩りが成功する確率も低かろう。
すっかり取り逃してしまってから、
「頼むよ、ハイネ様。教えてくれよ、戦闘のイロハ!」
その片割れ、兄で太った剣士の方が再び言う。
「そう言っても、僕もあまり詳しくないのですが……」
困ったな、とハイネは眉を下げた。
事実である。
戦闘の知識は、本などで学習した程度がほとんど。
実践経験はといえば、売られた喧嘩で、殴る蹴るの暴行をかわし続けたくらいだ。
魔物と対峙したのに至っては、先日、『超越』魔法に目覚めた際がはじめて。
ハイネもほぼ初心者と言っていい。
「そこをなんとかっ! 狩りがうまくなれば、もう少し生活も上向くんだ!」
しかし、生活の話を持ってこられると、ハイネは弱かった。
「……たいした内容をお伝えできないかもしれませんよ?」
「なんだって結構ですよ。少なくとも俺たちよりはうまいでしょうし!」
自信はなかったが、少し考えた末、
「分かりました。僕なんかでよければ」
ハイネはその申し出を受けることにした。
村の生活のため、そして防衛のためだ。
狩りに出るくらいだから、この兄弟は、村でも屈強な部類に入るはずである。
となれば、有事に対応できるよう、力をつけてもらえるに越したことはない。
(……いつまた、あの代官が襲来するか分からないしね。僕だって、いつまでここにいられるんだか)
♢
ーー当初の目的だった、水源の確認。
その道すがら、ハイネは村人の兄弟に戦闘の指導をすることになっていた。
「いやぁハイネ様に教えてもらえるなんてな。弟よ、光栄だと思わないか」
「光栄も光栄さ、兄者。頼んでみるものだなぁ。感謝してもしきれん……」
肥えている剣士が、兄・タング。痩せ型の弓士が、弟・トング。
どちらも、ハイネより歳上だと見受けられる。
兄弟二人は、まだなんの成果もないのに、意気揚々とついてくる。
一方、ナナは一人、むくれかえっていた。
「話が違います! ハイネ様と二人でお散歩って話だったのにぃ」
「そんな話をした記憶はないよ。もともと、水源に異変がないか確かめるためだっただろう」
「……わたくしの中では、お散歩もかねてたんです~。そういう設計だったんですー!
いろいろ考えてたのに。せっかく久しぶりにハイネ様と二人だったのに~」
まぁたしかに、レティの家にいる限りは、レティやサリも一緒に過ごすことになるわけで。
二人きりの時間は、減っているかもしれない。
ベッドを二つ用意してもらってからは、寝るのも別々になっていた。
ぶすっとして、むくれるナナを宥めながら、四人。
細い水流に沿って、上へと登っていく。
しばらく歩いていると、木々の下で籠る足音の中に、
「ガルゥゥッ!!!!」
獣の声が混じっていた。
ハイネが初めて戦った魔物と同じ、コボルトだ。
Dランクと魔物の中では格が低く、実際、ハイネも魔法を使わずに倒した。
うってつけの相手かもしれない。
「「は、は、ハイネ様! ご指示を!」」
兄弟二人が剣と弓をそれぞれ構え、ハイネらの前へと出る。
下僕として命令ばかり受けてきた身である。指揮を取ることに不安はあったが、しょうがない。
最悪は、ハイネが入ればいい話だ。
「タングさん、一旦剣を構えて対応してください。でも、切り掛かってはいけません。ただ、間合いを図るんです」
「……そ、そんなんでいいんですか?」
「大丈夫ですよ。魔物も賢いので、悪戯には攻撃してきません」
まず、剣士である兄・タングへ。
「その間に、弟のトングさんは隣の草陰へ!」
続いて、弓士の弟へと指示を与える。
「く、草陰?」
「どこでもいいですから、身を隠せる場所へ行ってください! そこでコボルトを弓で狙うんです」
コボルトは、戦闘に入ると、その視野がグッと狭まる。
いつか本で読んだ知識を頼りに、ハイネらは後ろへと下がって指揮を取る。
「トングさん。タングさんとコボルトの間合いが崩れたら、弓を撃ってください!」
「は、はい!」
タングさんは怯えているようでありながらも、コボルトと睨み合っていた。
しかし圧に押し負けて、じりじりと寄られていく。
ついにコボルトが前足を蹴り出し攻撃に転じるその直前が、
「今です、トングさん! 矢を!」
「は、はいっ」
好機だ。
拙い詠唱とともに、風の魔力を纏った矢が放たれる。
ややブレて、胴体に刺さった。致命傷ではない。
けれど、
「タングさん、ファイアボールをお願いします!」
「ま、任せてくだせぇ!」
二人いれば足りない技量は補える。
さすがに至近距離では外さなかった。
火の玉を正面から食らったコボルトは、腹を見せるようにひっくり返る。
そこを剣で刺して、勝負あり。
ハイネは、ほっと息をつく。ナナも、胸を撫で下ろしていた。
「……なんというか、かなりヒヤヒヤしました。背筋が寒いかも」
「うん、ほんと……。山が冷えるせいかな」
「違いますよー、あの兄弟が危なっかしいからですって」
せっかく言わないようにしていたのに、ナナは正直すぎる。
でもまぁ、とハイネは手前を見る。
「兄者、やったな。俺らが狩ったんだ、魔物を! ハイネ様のおかげとはいえ、俺らが!」
「弟よ、よくやったぞ、我らは。ハイネ様に礼を述べねば!」
コボルトからドロップの剥ぎ取りを行いながら、歓喜の声をあげる兄弟。
あれを見られたなら、悪くないなと思った。




