19話 水源求めて妙な展開?
水田が干上がりかけている理由は、山からの湧水が少ないせいだ。
そう、レティは言っていた。
だが、過去には名産と称されるほどの米地だったわけだ。
水の供給は十分にあったはずである。
それが激減してしまったのだから、なにか水源地で異変が起きているに違いないーー。
それを求めて、ハイネらは村の奥に鎮座する山の中にやってきていた。
昼間だというのに、物々しい雰囲気だった。日の光は鬱蒼と背丈高く茂る大樹たちに阻まれ、どんより重い湿気た空気が肌にまとわりつく。
魔物を引き寄せる瘴気も、奥へ行けば行くほど、垂れ込める。
だが、
「ハイネ様とお散歩♪」
ナナだけは場違いにも、半分スキップするくらいの陽気さで、ハイネの前を歩いていた。
もし魔物が出てきたら危ないと忠言しているのに、こうだ。
「……お散歩なんて悠長なものじゃないと思うよ」
「まぁたしかに。危ないので、手を繋いだほうがいいかもしれませんねぇ~」
とんと片足で勢いよく踏み込んだと思うと、ナナは華麗に一回転を決める。
それから、腰を折り曲げ、口元で人差し指をピンと立てる。
男心を心得たその仕草だったが、それが容易に通じないのがハイネという男だ。
やれやれと、こめかみをかくのみ。
「ハイネ様、強すぎる…………。むむ、どう攻略しようかしら……」
その難攻不落ぶりに、ナナは眉間に皺を寄せる。
それが、ふと解けた。
「ハイネ様、どこからか声がしますね」
「そうかな? 僕には聞こえないけど」
「あっちの方からですね。ちょっと騒がしいかも……」
そういえば、天使は聴覚に長けているのだった。
その言葉を信じ、方向を変えれば、たしかに人の声がする。
狩りにでも来ていたのだろうか。
ハイネがそう思案して少し、だんだん内容が理解できてきた。
「う、うわ!? なんだ、昨日は魔物なんて出なかったのによ」
「くそ、深追いしすぎたかっ。肝心の猪にも逃げられるし」
どうやら、魔物が出たらしい。ナナと目を合わせ、頷き合う。
緊急の場合は、しょうがない。
ハイネは迷わず、彼女の手を取り加速する。
「ハイネ様ぁ、柔らかい手……! じゃなくって、じゃなくって、急ぎましょう!」
「羽、またはためいてるよ」
まったく緊張感に欠ける。
だが、これはこれで、ハイネの強さを信頼してくれているということでもあるのかもしれない。
ハイネは、狩人らしき男2人組の前へと出ていく。男らが対峙していたのは、大ムカデ・センチピード。
百足を持つ蟲型の魔物である。ランクとしては、B程度だろうか。
節のはっきりした脚が一斉に蠢く光景ときたら、目を瞑りたくなるようなものだった。
しかし、躊躇はしていられない。
その節々は毒を持つというから、少しでも触れさせないようにしなければ。
「ナナ、みなさん、後ろに下がって!」
ハイネは、腰に提げた刀に手をやる。
あいも変わらず、リーチの短い腰刀だ。
レティは「新しい刀をお譲りしましょうか」と言ってくれていたが、断った。
これには、ナタリアから受け取った思いも乗っているのだ。
「は、ハイネ様! こんなところまで助けに来てくれるなんて!」
「なんて素晴らしいお人なんだ。あぁ、神よ、この方に幸を!」
(……それで、創造神・ミーネが力をくれるならどれだけ楽だったか)
小言の一つ言いたくもなるが、気を取り直してハイネは剣を構える。
「ーーマナ構築」
久しぶりの実戦だ。
命を取り合うわけだから、心を引き締めなければ。
『武器変幻』を再構成していく。
魔力の源たるマナ。
身体の中と外気、2本のマナの流れを、折り合わせるよう意識をして、1本にまとめ上げる。
そうして作り出したるは、
「……た、大剣になったぞ!?」
「うぉぉ、あれが噂に聞くハイネさんの謎魔法! すんげーー!!」
光の大剣だ。
ちなみに、重さとしては、腰刀だった時とほとんど変わらない。
剣身は、一時的にマナを纏っているだけのようだ。
センチピードは全身を脈打たせ、こちらに迫りくる。
大きく細長い身体は、鞭のようにしなり、ハイネの頭蓋を狙う。
喰らえばひとたまりもない技だが、大剣を持っているとはいえ身軽だ。
そして、避けることにおいてはかなり長けている。
一足飛びによけて、大技によりガラ空きになった首元を、一気に落としてやった。
「ハイネ様っ、危ない!」
「大丈夫だよ」
勢いで、センチピードの口から毒玉が吐き出されるが、それも薙ぎ払う。
もう致命的ダメージを与えられたはずだが、念のため毒のある尾も落としておいた。
…………それでもしばらくぴちぴち動いていたあたり、恐ろしい生命力だ。
その力ゆえに、センチピードの身体は砕けば、妙薬にもなるとか。
ここもマナを用いて、剥ぎ取りをおこなう。
このまま持ち帰るのは、なんとなく見た目的に憚られる。
できれば原型を留めないくらいに粉砕したいと思っていたら、その通りになってくれた。
それを見ていた男2人組から、自然と拍手が起きる。
ナナは自分のことかのように、自慢げにしていた。
腰に手を当て、ふくよかな胸を張り出し、えっへんと実際に言う。
「ハイネ様、さすがです! またマナの扱いがうまくなっちゃって!」
「……うん。なんとなく、手応えがあったよ」
ここ最近、戦闘からは遠ざかっていた。
それでも、今の戦いの中で、ブランクを感じることはなかった。
剣こそ握っていなかったが、マナを使ってきたからだろうか。
魔力を引き出すのに、苦労はいらなかった。
「それよりそれより! ハイネ様、ナナって呼んでくれましたね?」
「……あ、ごめん。緊急だったから、ついね」
「いいんですよ、むしろ、どんどんやっちゃってください。ナナ、で大丈夫です♪」
そう馴れ馴れしく接していいものか。仮にも、天使様相手。
ハイネは苦笑いを浮かべ、小躍りする美少女から目を逸らす。
そこで、気づいた。なぜか、助けた男たちに土下座されている。
…………なんでだろう。
「は、ハイネ様! どうか、俺たちに戦闘を教えてくれねぇか!」
「こら、失礼だろ、弟よ。村の救世主さまになにを言うんだ」
「でも、兄者。ハイネ様ほどの人に指導してもらえたら、狩りの時、自衛くらいはできるかもしれないじゃねぇか!」
どうやら兄弟だったらしい。
そして、妙な話に発展しそうだ。




