17話 井戸の修理と何のその
残ることになった以上は、なにか村のためになることをしなければなるまい。
なんの打算もなく、ただ実直にそう思えるのが、ハイネ・ウォーレンであった。
翌日からもハイネは、さまざまなことを買って出た。
まずは、サンタナ爺に頼まれた、さまざまな道具の作成だ。
マナを使った『超越魔法』を用いて、ひとつひとつ手をつけていく。
……というか、出さざるを得なかったとする方が正しいかもしれない。
「すいません、すいません、本当にうちの村は古いまんまで……」
とレティさんが言ったその通りだった。
壊れたり、古くなっても、そのまま利用しているものがカミュ村には、いくつもあった。
過去には、そこそこの賑わいもあったというが、今や見る影もない。
代官らの搾取により弱らせられたこと、隣町へと抜ける近道が事故で封鎖されたこと、など。
さまざまな問題が発生した結果、近年はずっとこうして閑散としているそうだ。
ただハイネにしてみれば、こんな訳の分からない身分のハイネを泊めてくれて、かつ頼ってくれた恩を返す好機でもあった。
大仰で大それた目標かもしれないが、ハイネの掲げた目標は、カミュ村の再興だ。
そのまず一歩め。
手始めに取り掛かったのは、ボロく廃れた井戸の修繕だ。
桶は壊れていて、汲んだ水には砂が混じることも多いとか。
井戸といえば、生活の基本となる水を得られる大切な施設だ。
それがこれでは、生活の質はどうしても下がってしまう。
しかも、
「あぁ、ナナさん。もう少し上の方を慎重に引かないと、紐が切れてしまいます、あぁ……!」
「えっ、レティさん。そんなこと言われても~!!」
「その上です、目印のあたりをやんわりゆっくり引っ張っていく感じ……、まだ強いです、それじゃあ、……あぁ!」
「そんなコツ知りたくありません!!」
…………どうやら、村人たちにのみ共有されている独自の方法があるらしく、ぎりぎりどうにか使っていたらしい。
「とりあえず、これも直せるか試してみましょうか」
「……すいません、すいません」
平伏しきりのレティさんはともかく、ハイネは少し考える。
『超越魔法』を使い、『組上げ生成』を発動するとして、井戸の中身のイメージがつかない。
「ハイネ様! たぶん、こんなふうにすればーー」
と、ナナが言った。
砂地までいってしゃがみ、絵を描いてくれる。
さすがは、この『超越』魔法をよく知る天使だ。
使い方のレクチャーをしてくれるものと思っていたら、
「これは、えっと……、こういうこと?」
縦横3本ずつ引かれた線。
思い浮かんだのは、マルテシティの子供らが遊んでいた光景だ。
ハイネは童心をくすぐられて、ついその端の一角に○を書き加える。
「なっ、マルバツ遊びじゃないですよっ!? 一列揃えませんから!」
「じゃあ、これはなんなの」
「網ですよー、だ! 砂を取り除く網をしかけておけば、汲まずに済みますよっ」
絵心はともかく、なるほど、たしかに有用な意見だ。
井戸の下には、大きな石を埋めておき、桶自体にも、砂粒を通さぬように網をかければ、
綺麗な水がすくえるはず。
それから少し構造を練る時間を持ってから、
「ーーマナ構築!」
ハイネは、井戸の中を覗き込み超越魔法を発動させる。
井戸の底の方は、視界が利かなかったため不安ではあったが……
「ハイネ様! 私でも掬えるように、なりましたっ!」
そこは、さすがは『超越』魔法あった。
平気で、常識的な知覚を超えてくる。
ナナが汲み上げてきた桶は、形の綺麗なものへと変わり、水も清廉そのもの。
試しに飲んでみると、透き通っていて美味しい。
「……やっぱり万能過ぎないかな?」
「ハイネ様が使い慣れてきたということも、ありますよ。力の引き出しがスムーズになってきたのかも!」
「……ということは、もっと使えるようになるの?」
「もちろんですよっ、なにせ女神様を宿してるんですから、ハイネ様は。こんなもので終わりません♪」
どうやら現在使えている能力は、氷山の一角にすぎないらしい。
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獲得済魔法
・武器変幻(武器の形をイメージしたものへ変形させることができる)
・自動獲得(ドロップアイテムを的確に獲得することができる)
・組上げ生成(材料などを、用途に合わせて自在に加工できる) 【回数 1/10】
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ステータスバーにも、変化が見られた。
どうやら、獲得済みの魔法でも、使ううちに慣れれば上限回数が増えるらしい。
これは習熟度が上がったおかげなのだろうか。
たしかに、はじめよりはこの『超越』魔法の使用に手応えを感じていた。
井戸の改修が村で話題になるのは、すぐ後のことだった。
普段使いするものだけに、なんだかんだと不便さを感じてはいたらしい。
かなりの数の感謝をされ、またお礼の品をもらってしまった。
「ハイネさんのおかげで、ご馳走です、今日は!」
「「やったぁ、ごちそう!」」
五歳児のサリと、千歳児(繊細らしい)のナナが同じ反応で、喜ぶ。
男衆が狩猟で仕留めたらしい鶏を、残っていたという香辛料で漬けた料理は、心の底から美味いと思える味だった。
「……どうです? ハイネさん。腕によりをかけてみましたが…………」
なぜか、エプロンの端を掴んで口元を隠すレティ。
「はい、とっても美味しいです。レティさんは、どこへ行ってもいいお嫁さんになれそうですね」
「お、お嫁さん………」
真っ赤に染まった彼女の顔から、ぷしゅー、と気の抜けていく音がした気がした。




