15話 【Side】ハイネを追放した結果、街に魔物が接近
ハイネがマルテシティを出ていってから数週間後が経過した頃。
『剣聖』の称号を手にし、広く大衆から、賞賛と期待の目を向けられた少女、ナタリア・マルテはしかし、一人苦悩の日々を送っていた。
ハイネ・ウォーレンという、元底辺聖職者を思ってのことだ。
彼にもらった銀の腕輪を見つめて、ナタリアはため息をついた。
彼が追放されたのは自分のせいかもしれない、と今さら後悔をしてしまう。
そもそも自らの父であるマルテ伯爵が、彼を快く思っていないことをナタリアは知っていた。
「あんな底辺男に入れ込んで、なにになる?」
などと、仲睦まじげに接したせいで、何度も苦言を呈された。
それでも、とことん彼の人柄に惹かれていたナタリアは、彼との時間を諦めなかった。
その結果が、こうだ。
魔力付与がなされなかったこともあろうが、彼を自分から切り離すためだとも、ナタリアは感じていた。
魔力付与式は、ただ魔法を使えるようになるのみでなく、成人の儀式にもあたる。
最近では、公務を任されることも出てきたが、どれも手につかない。
(…………ちゃんとご飯食べられてるかしら)
なんて、静かな執務室で物思いに耽って、毛先までしっとり輝かしいブロンドヘアを指でとく。
「……そんなわけがないだろう!」
そこへ怒声が聞こえてきたのは、急のことだった。
声の主は、父であるマルテ伯爵だ。
どうかしたのかしら、とナタリアは耳をそば立てる。
「街に魔物が接近している? なぜだ? ここ十年、そんなことはなかったではないか。魔物に狙われぬ安全な街。それこそがマルテシティの良きところだろう」
「残念ながら……事実でございます。今日も、守衛のものが総出で、魔物の対処にあたったくらいですから。
現場のものは、特段変わったことはしていないと申しておりますが…………、あるとするなら一つだけ」
「なんだ、申してみよ」
「…………街を囲っている防御柵についていた護符が変わったと、教会の者が申していました」
「ははっ、笑わせるな。聖職者風情が作った護符に、魔物を払う力などあるまい」
マルテ伯爵の言い分に、違いはなかった。
聖職者になるものは一般に、あまり魔力適正を持たない。
そのため、護符は単なる形式的なもので、魔物を祓う実効果はない。
……あくまで、一般的には。
だが、ハイネの願ったそれは違った。
ハイネ本人すら知覚していなかったが、女神の加護が、たしかに乗っていたのだ。
「…………ハイネの作ってた護符だ。ハイネが、街を守ってくれてた……?」
いちはやく、その事実に気づいたのは、ナタリアただ一人だった。
彼女は、知っていた。
夜寝る時間さえ削って、ハイネが真摯に祈りねがってきた事実を、その姿を。
どくどくと鳴り出す胸をひっそりと抑える。
「そんなもん関係あるわけない!」
と、父たるマルテ伯爵が吠える声が、壁の奥からするが、ナタリアはもう確信に至っていた。
たまらなくなって、隣の部屋へと乗り込む。
「なんだ、ナタリア。突然入ってきて」
「……話、聞こえてきてたわ。その護符、ハイネ・ウォーレンが作っていたものに違いありません、お父さま」
「そんなわけがなかろう! お前はまだ、あの呪われた底辺野郎に固執しているのか!」
忌々しい、娘をたぶらかすだけのカスが、などと吐き捨てられる。
それが、ナタリアが必死に隠してきた心の鍵を壊してしまった。
「ハイネはそんな人じゃないわ!! 保身ばっかり、汚い商売ばっかりのお父さまに、否定される筋合いはないっ!!!」
我慢の限界になり、ナタリアは売り言葉を買ってしまう。
その場は周りにいた部下たちにより収められたが、親子の深い禍根が露わになったのだった。




