13話 『超越』魔法は元職人を感嘆させる
その柵は、実際、とてもよい出来だった。
それに気づいたのは、自ら完成品に触れた時だった。
普通、よほど手だれた職人が作るものでない限り、歪みや、接合が甘い部分が出る。
が、それが一つもないのだ。どの箇所も無駄なく、美しい構造をしている。
「ハイネさん、これどうやって?!」
「えっと、ちょっとした魔法で、というか……」
「これ、昨日の武器の形を変えた魔法と同じですか?」
「それは違うと思います、たぶんですが」
『武器変幻』の時みたく、ずっとマナをまとわせて変形させているわけじゃない。
ただ、ここにある材料を加工しただけだ。
「こんな魔法、あたし25年近く生きてて、初めて知りましたよ! 凄すぎて、凄すぎ、以上の言葉が出てこない……」
レティの年齢が知れたのはともかくとして、彼女が驚くのも無理はない。
発動者であるハイネでさえ、理解しきれていないのが『超越魔法』だ。
天使であるナナも、抜けているところが多分にあるから、どこまで理解しているのだか。
今回の『組上げ生成』は、これまで使った二つの魔法とは少し違う。
ハイネが思い浮かべられる域を超えている気がするのだ。
柵を注意して見たことなど、あまりない。記憶にある構造も曖昧だったはずだが、出来上がりは申し分なかった。
ハイネの中にいるという女神の能力が、補正をかけたのだろうか。
レディは興奮冷めやらぬ様子で、
「これ、どうしても見せたい人がいるんです。一緒に来てもらってもいいですか?」
「それは構わないですけど」
「ありがとうございます。ナナさんも、来てください」
ハイネとナナの手を引く。
半分引きずられるようにして向かった先は、とある平家の裏手だ。
古ぼけた工具類が両サイドの棚に散乱する中に、一人のご老人がいた。
手製らしい木椅子に、腰掛けている。
「……なんじゃレティ、騒がしいのう。また奴らがきたか、って。……お主らは昨日の!」
ハイネにも見覚えがあった。
昨日、集まった村民たちの中にいた一人だ。
敵でないと分かってか、老人の眉間から皺が消える。
「いやぁ昨日は助かったよ。ワシらだけでは、どうにもならんかったんじゃ」
「……いえ、気にしないでください」
「なにを謙遜しとるか! 我が街の子供を守ってくれたこと。礼を言うぞ、若人よ。で、今日はどうした」
「それですよ、サンタナのお爺さん。これ! これ! 見てください!」
すかさず、レティさんが柵を両手で持って割って入った。
薄々気づいていたが、結構に強引なところのある方だ。
まだ若いということもあって、勢いを持っている。
(……柵を見せてどうなるのだろう)
ハイネは疑問に思いつつ、苦笑いをしていたのだが、
「おぉ、これは! なんとも……!!」
柵を手にするや、懐中からルーペを取り出し、ため息を吐きながら眺め出す。
ハイネとナナとが顔を見合わせ、二人首を捻っていたら、
「やっぱり、お爺さんなら分かりますよね、この凄さ。だって、この村のほとんどの物を作ってきたのは、あなたなんですから」
「はっはっは、まぁなぁ。でも、もう引退して久しいがなぁ。これは確かに逸品だ……!」
村民二人で、ハイネの作った柵を片手に、なにやら話が盛り上がり出す。
とくに、サンタナ爺は、かなり探究心をくすぐられたらしい。
「素晴らしい構造だ。そうか、接合箇所へ向けて、木材を厚くすることで、自然と刺さっているわけだな…………」
その様子を見て吹き出したのは、レティさんだ。
「サンタナのお爺さんは、昔からモノづくりが大好きで。
昔は、本当になんでも作れたの。ハイネさんたちが使ったベッドも、元はそうなんです」
「……あれも、ですか」
たしかに、よく寝られた。……横でナナが寝返りを何度うっても、快眠できた。
「でも、最近はもう歳で。作らなくなっちゃったみたいですけど」
「他に、工具や建築の職人の方は、いらっしゃらなかったんですか?」
「ほら、この村、こんな有様だから。人手も足りなくなっちゃって……」
なるほど、壊れた施設を住民で手分けして直していたのはそういうわけか。
職人が不在だったのだ。
たしかに、見た目で判断するなら、サンタナ爺はもうかなりのお年だろう。
これ以上の負荷はかけられない。
「ハイネ殿、と言ったか。すまない、こちらをバラしてもよいかな」
……はずだった。
「…………えっと? もちろん構いませんが。ご老人、どうされるつもりですか」
「詳しく、作りを見てみたいのじゃ。とくに支柱と底面との垂直を可能にしている端の部分をーーーー」
作ったハイネの預かり知らぬ、細かい処理が、『超越魔法』で組んだ柵には施されているようだ。
「……サンタナのお爺さん、まさか、再現するつもり?」
「レティや。ワシをみくびってはいかんぞ。職人の血が、数年ぶりに騒いどる。必ずや作って見せよう」
ハイネの成した柵一つが、消えていた老人の意欲に火をつけたらしかった。