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11話 ありがとう、の言葉はなぜかベッドの上で



引き続きよろしくお願いします




ちょうどお昼時ということもあった。



女性ーーレティ・アレンの家へと招かれたハイネらはまず、食卓のご相伴に預かることになる。


彼女はここ数年で両親を亡くし、妹のサリと二人暮らしだったらしい。


その話を聞いたナナは、


「妹のために働いて、しかも身代わりまで申し出るなんて……! なんて素敵な方なんでしょう」


うるうると涙を溜め、いたく感心していた。

天使らしいというべきか、人情噺に弱いらしい。



実際、レティは心の優しい女性だった。


ハイネらのためなら、と喜んで料理に当たってくれる。

その気分はよさそうだったが、料理をテーブルに運んでくる段になって、ややトーンダウンする。


「すいません、ハイネさん。命の恩人様に、これくらいしか出せなくて。本当はもっと、豪勢に仕上げたかったんですが……」


「……? 十分な量だと思います。むしろ、こんなにいただいても構わないんですか?」

「えっ、はい、これくらいでよいのなら…………。あの、少ないですよね?」


レティは、たしかめるように問いかけてくる。


が、ハイネには、そうは思えなかった。


テーブルの上には、大根を湯がいたものに、白菜、白米まで。

色味こそ寂しいが、十分に豪勢でさえある。


「いえ、まったく思いませんよ。むしろ、こんなにありがとうございます」



ハイネが教会で食べてきたご飯はもっと貧相なものばかりだ。


米がふやかさずに食べられることなんて、祭りの日以外はなかった。乾パンでさえ、いつも水に浸して食べていた。


むしろ贅沢だとまで、ハイネは思う。



ナナも、とくに気にしてはいないようだった。


呪いの首輪により、ハイネの中に閉じ込められているうち、同じ感性になったのかもしれない。


申し分のない、満面の笑みを浮かべていた。



ちなみに、天使といえど姿現しをしている以上は、人となんら変わらないらしい。


「お腹は空くし、疲れるんですよ。不便ですよね」


とのことだった。

たしかに、これまで不要だった身からすれば、そうかもしれない。




二人の反応に、レティは何度も瞬きをして、戸惑った声で尋ねる。


「ハイネさん、あの代官を追い払った方なんですよね?」

「一応、そうなりますね」

「あれだけの人数を一人で追い払えるくらい、強い方なら、もっと裕福な食事をされているものかと…………」


踏み込みすぎた、とここで思ったらしい。


レティは「すいません、忘れてください」と口を覆い、フォークを手にする。


「自らを律して質素な生活をなされているなんて、やはり、とても素敵な方ですね」


わざわざここで、自分が捨て子であったことを言う必要もないだろう。


ハイネはレティに感謝しつつ、出してもらった料理を食べすすめた。


丸一日ぶりの食事は、身に心に、沁み渡るように美味かった。


「うーん!! ご飯って10年ぶりに食べましたけど、やっぱりいいですね!」


言い方は若干誤解を生みそうではあったが、ナナも大満足だったらしい。

また羽が強くはためいていた。


ただ一点、


「ミーネ様、今日も美味しゅうございました」


レティとサリが食後、こんなふうな祈りを捧げていたとき、ナナは可愛い顔をむっと顰めていた。


この国に住む人で、あの儀式を行わない者はほとんどいない。

つい先日まで、ハイネも盲信的にそれにならってきたわけだが…………


ここは、愛想笑いで誤魔化しておいた。


もう、なんの疑念もなしに、創造神・ミーネを信奉することはできない。





その後、ハイネとナナは交互に、簡易浴場にて身を清めた。


加熱、保温効果のある魔石で井戸水を沸かした、お湯だ。


教会にいた頃は、数分、冷水しか浴びさせてもらえていなかったハイネは、つい長風呂をしてしまう。



そののち、二人は階上へと通された。


至れり尽くせりだ。

藁のベッドが用意してあり、自由に使ってよいのだと言う。


早速、腰を下ろさせてもらうと、ちょうどよい弾力だ。

いつも寝ていた、教会の角ばったベッドよりずっと柔らかい。


「サリが用意したの。……どう?」

「うん、よくできてるね」

「よかった、嬉しい。お兄ちゃんたちのためだから、頑張った」


その心遣いは素直にありがたかったのだが、一つだけ問題があるとすれば、


「仲良く一緒に寝て。夫婦は同じお布団被るって聞いてる」


用意されたベッドが、1台であるということ。


「まぁ♡」


と、ナナは頬を赤に染める。


とんだ勘違いをされてしまっていたらしい。サリが一階へと降りていってから、


「……ナナさん、使わせてもらうといいよ。僕、床で寝るから」


ハイネは頭を抱えつつ言った。


別に、床で寝ることに抵抗感はないのだ。埃まみれの倉庫よりひどい環境でないかぎり、問題なく休める。


「えぇ、ダメですよ。せっかく、わたくしたち二人のために、用意してくれたんですし〜」

「……それは、そうだけど。ナナさんはそれでいいの? 僕なんかと同じベッドで寝て…………」

「もちろんです! むしろ待ち侘びていました、この時を! もう我慢の限界だったんですよ」

「えぇっと、どういうこと?」

「ハイネ様の中にいたときから、夢だったんです。こうして同衾することが!」


ナナは跳ねるようにして心地よさげに鼻歌を鳴らして、ベッドへと飛び乗る。


天使の服装は自由自在らしい。


衣装をあっという間に、寝巻きへ着替えてしまって、女の子座りになった。


背中から羽をはためかせて、


「……さ? 来てください。わたくしと一緒に気持ちよくなりましょ」

「な、な、ナナさん!?」

「ただ一緒に寝るだけじゃないですかぁ〜、ハイネ様♪」


上半身をベッドから迫り出すように伸ばしてきて、彼女は俺の腰にしがみつく。


思いがけないことに、対処できなかった。


ぐいっと引き寄せてくるので、そのままベッドの中へと引き摺り込まれる。


ナナの身体は、もうかなり火照っていた。


「あぁ、あぁ、ハイネ様が、こんなに近くに! 抱きしめても?」

「……よくないよ」

「えぇ、いいじゃないですかぁ」


ナナの綺麗に整った、天使らしい顔に見つめられれば、勝手に顔が熱くなる。


ハイネは、身体を反対へと返した。


が、それが悪手だったらしい。天使様は、ハイネの体を背中から抱いて、


「これで幸せに寝られそうです〜」


などと言う。

胸も柔らかければ、身体は熱いし、這う指は冷たい。


ハイネにしてみれば、むしろ寝られる気がしなかったのだが……


溜まっていた疲労が、緊張に勝った。



意外なことに、ハイネはすぐ眠りに落ちた。

未知ばかりの体験に、知らぬうちにかなり疲れていたらしい。


そのまま丸一日弱寝て、翌朝。


ハイネが目を覚ませば、なぜかベッドの上では、少女・サリまで健やかな寝息をたてていた。


「なんだろう、これ」


とハイネは寝起きで思考がはっきりしないことも相まって、頭を抱える。

だが、


「……お兄ちゃん、ありがとう」


こんなサリの言葉を聞いて、優しく微笑むのだった。


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