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1話 魔力付与式前夜



連載始めます。


よろしくお願い申し上げます。


「ハイネ。ついに明日ね、魔力付与式」


こう声をかけられたのは、ハイネ・ウォーレンが、ホウキ片手に街の清掃に勤しんでいる時だった。


彼女は、ナタリア・マルテ。


毛先まで艶めくブロンドのロングヘアに、海を想起させるような、深く青い瞳が特徴的な、美しい少女である。


その高貴な見た目に違わず、身分も相応のものだ。


この街、マルテシティを含め、辺り一帯を締めている領主・マルテ伯爵の長女であり、街の人らは彼女に出会うとみながみな平伏する。


「わざわざ、そんなことを言いにきたのですか、ナタリア様」

「緊張してるだろうと思ったから、ほぐしてあげようかなと思ったのよ」


そんなナタリアが気安く話しかけている平凡な、いや、貧乏くさい容姿の男ーー。


ハイネはといえば、その対極に立つと言ってもいい存在だった。


年齢こそ同じく18ではあるが、なにもかもがまるで異なる。


ぱさついた薄緑の髪、ほつれの目立つ衣装。


見た目だけではなく、その出自がまるで異なる。


ハイネは、捨て子だった。

まだ、ひどく小さな頃のことだ。


街の外れで野垂れ死にしかけていたところを、教会に拾われた。

名前だけはあったが、ウォーレンという苗字も、適当にあてがわれたものだと聞いている。


それから十年以上、教会の雑用係として、この歳になるまでこき使われ生きてきたわけだ。


この清掃も、聖職者の端くれとしての、慈善活動の一環である。


朝方から日の暮れる今になるまで、ハイネは街中を回り続けていた。


「僕は緊張なんてしていないですよ、別に」

「嘘ついたわね? あなた、いつも笑顔で感情が分かりにくいけど、最近気づいたの。目を見れば分かるのよ。ちょっと揺れるのね」

「……それは、気付いていませんでした」


光を反射する青の瞳が、ハイネの目を覗き込んでくるので、視線を逸らす。


掃除を再開しながら、


「緊張なんてしたって、意味ないことはわかっているんです。全ては神様が決めることですから。

 でも、どうにも落ち着きませんね」

「それが人ってものよ。つい幸運を願っちゃう生き物なの。私だって期待しちゃってるもの。神様からのお恵み」



ーー大抵の事柄は、創造神・『ミーネ』が決める。


それが、この世の道理であった。


地位も、容姿も、魔力も、なにもかも全て元を正せば神に至る。

教会で最初に教えられる、最も基礎的な理論であり、常識だ。


ただし、神は人に対して全くもって平等ではない。

その寵愛を受ける者と受けられない者を、明確に区別する。


そしてハイネは、言うまでもなく後者、受けられない者だった(ナタリアは当然、前者だろう)。


そうハイネ自身が断言してしまえるくらいには、神に見放されて生きてきた。


だから、期待してはいけない。信心深く祈ることと、期待とは別物だ。


……ただそう分かっていても、完全に欲を捨てきれてはいなかった。



魔力付与式。

それはある意味で、人生をひっくり返すようなイベントにもなりうるのだ。


「いい属性の魔法が手に入れられたらいいわよね。それとスキルも!」


数えで18になる年のはじめ、神前で祈祷を行うことにより、人は魔力を賜わることができる。


火、水、土、風、光、の五属性魔法。それから、個々人に異なる魔法スキル。


それらが、神より付与されるのだ。


たとえばここで、複数の魔法属性や『剣聖』などという格の高いスキルを手に入れようものなら、人生が一変する。


農家の出の青年が、騎士団に取り立てられる。一方で、有名商家の青年は、農奴に成り下がる、など。


儀式は全て教会でなされるため、勤めているハイネは、実際にその瞬間を目にすることも多かったが、それはもう衝撃的な瞬間ばかりだった。


…………といって、まるきりランダムというわけではない。


「ナタリア様の魔力は、既に約束されたようなものでは?」


神は決して平等じゃないのだ。


そのため、高貴な身分の者には、よりよい魔力が与えられるのが基本である。


もちろん例外もあるが、ほとんどの場合、貴族らの能力に、番狂わせは起きにくい。


「そんなの分からないわよ。変な属性魔法とかスキルとか引いたら、勘当される可能性だってあるもの。

 逆もまた然りよ。身分が低いからって、諦めることはないわ」

「……もしかして、励ましてくれてます?」


にこっと、ナタリアは少しだけ微笑んで、こくり可愛い小首を縦に振って見せた。


会心の笑みは、とても可愛らしくて、胸をどくんと打たれる。

春の穏やかな西日が、彼女にはぴったりの背景だ。


彼女は、心根まで美しい。


元はといえば、ひょんなことから繋がっただけの縁だ。

たまた彼女が輩に襲われているのを、ハイネが見かけて身代わりとなり、逃しただけ。


たったそれだけなのに、ハイネのような下賤の者のことを、ずっと気にかけてくれている。


そりゃあ神の寵愛を受けるわけだ。


「まぁね。ハイネってば、いつも後ろ向きな感じだから、心配だったの。大丈夫よ、きっと」

「全く根拠がないと思いますが」

「ううん、散々苦労してきてるじゃない、あなた。

 きっと報われるわ。だって今も、こうして神様に奉仕してるでしょ? その辺の人より、ずっと信心深いもの。

 神様もあなたの善行を見てるわ、きっと」


振り返ってみれば、確かにそうだ。


物心ついた頃から、ハイネは神を信じ、こうして身を尽くしてきた。


恨みたくなるようなことばかりの日々でも、決して欠かすことなく祈りを捧げ続けている、現在進行形で。


だから、


「忌まわしき子とマルテのお嬢様が会話されている……!?」

「なんだって、マルテ嬢はあんな奴に肩入れしてるんだか。

 どうせ、明日の付与式でも、ろくな魔力も貰えないクズだろうによぉ」


街を行く人に白い目で見られることにも、罵詈雑言にも、こうして無心で耐えてきた。


にこやかな笑顔をひたすら繕い、保ってきた。


それに、あれはまだマシな部類だ。

中には、泥やゴミなどを投げてくるような連中や、平気で殴りつけてくるような奴もいた。



おかげで、避けることと耐えることが、かなりうまくなってしまった。


もちろん鬱屈した気持ちが溜まっていかないわけではない。

それでも、爆発させないよう堪えてきた。


「……ハイネ、気にしないで? これのことは、あなたが悪いわけじゃないもの」


ナタリアが、ハイネの首にそっと手を伸ばす。

かちゃりと音を立てたそれは、首輪だ。


外すことを禁忌とされた、呪いのチョーカーである。

もう長く付き合ってきたので、邪魔だ、息苦しいと思うこともすっかりない。


けれど、それは見るたびに苦い記憶を思い起こさせる。





この首輪は、『忌まわしき子』と、ハイネが呼ばれるようになった由縁だ。

端的にいえば、ハイネの身体には呪いが封じ込められているらしい。


およそ十年ほど前、ここら一帯を激しい天災が襲った。

それは建物などを簡単に全壊させてしまうようなおぞましいもので、田畑を一切合切ダメにしてしまった。


おかげで飢饉が訪れるなど、副次的な災害を次々に引き起こし、人々を疲弊させていく。


あまりに長く続くものだから、やがて原因は悪魔の仕業とされ…………



呼ばれた一級の呪術者により、その悪魔とやらを、人の体内へ封じ込めることで災いを収めることとなった。


前代未聞の封印術だ。


術をかけられたものが、生きていられるかすら分からない。

その被験者となったのが、ハイネである。


つまり、どうなってもいい存在だったのだ。

捨て子であったのだから、当然といえば当然のことだ。



結果として、封印は無事に成功した。

天災は無事に治まり、ハイネはこうして今も生きながらえている。


また、天災を乗り越えたマルテシティはその後、みるみるうちに成長を遂げた。

十年経った今、国の中でも有数の都市に数えられるほどだ。



だが、誰もその発展がハイネの犠牲を礎にしたものだとは知らない。


悪魔を封じられた子など、周りからすれば気味が悪いものに他ならなかったのだろう。



だからハイネは以来ずっと、迫害を受け続けてきた。


教会に属する聖職者見習いという立場がなかったら、とっくにどこぞへ追放されていたと思う。





「あなたの苦労をきっと神様も見てくれているわよ」

「……僕なんかに、もったいないお言葉をありがとうございます」


心がすうっと軽くなっていくのを感じながら、ハイネはナタリアに頭を下げる。


それから、まだ業務が残っているからと、別れを告げた。


聖職者の、それも下っ端の仕事は、夜になるまで終わらない。


清掃が終われば今度は教会に戻っての作業が待っている。




神への忠誠心を込めた、護符や御札の作成。


これらは街の外周にめぐらされた防御柵に貼り付け、安全を願うものだ。


定期的に作成し、張り替える作業を行なっていた。



破れた服やらの修繕などまで終え、勉学に励み、そして最後。


神の依代たる神木の枝へと祈祷を捧げることで、ようやく一日が終わりとなる。

もう、日付が変わる頃になっていた。だが、これもいつものことだ。


つい自らの幸運を祈りたくなるが。


ハイネはいつもどおり、街の平和のみを願っておいた。



どうせ全ては神が決めるのだから。





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たかた

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