ルール0《エクスプレインイット・アサップ》
カーテンから差し込む薄明かりがアユムの顔を照らす。
小鳥の鳴き声こそ聞こえるが、まだまだ早朝だろうとアユムは天井を見上げながら考えた。
ベッドの中で上体を起こし、伸びをする。
「ん~~~~」
ここまで朝早く起きる事はなかなか無いが、まだ日の暑さも知らぬ夜風を残す爽快な目覚め。
ぼんやりとした頭で独り言を呟く。
「朝かぁ」
「朝だよ」
「ウォアッ!!」
思わぬ即答にアユムは奇声を上げながら身を捩りベッドから転がり落ちる。
転がり落ちた床から見上げたそこに居たのは、椅子に座ったまま明らかに憔悴したミツキの姿。
アユムは少しだけ事態を思い出しかけてきた。
「あ、あの~、ミツキさん、寝てらっしゃらない?」
思わず出た敬語、それにミツキは僅かな怒気を孕んだ声で返答した。
「ああ、寝てないよ、アユムが【魔法】で攻撃を受けたと思ったからね、それで?心配した割りに気持ちよさそうに起きた理由を教えてくれないか?」
今すぐ、全部、余す所無く、そうミツキの包帯の下に隠された空洞の目は語っていた。
「あ、はい……」
アユムは、この怒れる相棒を鎮める為、夢の中で起きたことを懸命に思い出す所から努力を始めた。
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「あのさあ……」
「仕方ねえだろ、あっちに居たときは殆ど覚えてなかったんだからよ」
ミツキはため息をつき、アユムはバツが悪そうに頭を掻く。
アユムが悪夢から持ち出せた情報にもまた奇妙な空白がある。
特に顕著なのが他人の姿、名前等の部分はまるで靄がかかったかのうように思い出す事ができない。
それでもなお、彼がもたらした情報、いや、彼がやらかした事の数々はミツキを嘆息させるに十分だった。
「僕は何故か巻き込まれなかったから文句は何も言えないけどね、悪夢の中で出会った相棒と怪物相手にやりたい放題してきたって?記憶がなくてもアユムはアユムって事か」
「なんかトゲのある言い方だな」
「褒めては居るよ、その状況なら襲われている人を見捨てる方がどうかしてる、けど」
ミツキは少し考え込み、続けた。
「記憶の奪われ方が作為的過ぎる、【魔法】が使えなかった事も含めてどう考えても戦う力を削ぎに来てるようにしか思えない」
「そりゃあ、俺もそう思った」
夢の中のアユムは【魔法】を使えなかった。それだけでなく、一切の戦闘経験と一部の知識もまた記憶から消されている、そしてそれは夢の中でさえアユムが自覚するほどのものだった。
「理由としては検討はつくんだけどさ」
この悪夢は弱者を恐怖させるため、追い込む類の悪夢だ、強者の存在は不要。
「そうなると【魔法使い】の方も検討もつくってもんだが……」
「まぁそうだよねぇ」
名もわからぬ相棒、アユムが訪れるまでたった一人でブギーマンに立ち向かい、夢の中の救出者を自称していた青年。
「露骨過ぎるだろ、いや【魔法使い】なんてわかり易いもんだけどさ」
「どうだかなぁ、でも、もしそうなら【魔法】の目的も想像つくのは確かだよ」
「その心は?」
「英雄症候群若しくは救世主願望、ゲーム的に要救出者を用意して自分で助けるんだ、分かりやすいだろ?」
そう言って呆れたように首を振り、続ける。
「どういうワケか分からないけど、タイミング的に、ブギーマンの噂の詳細を聞いた人からなんらかの条件を満たす人間が悪夢に招待されてる、んだと思うんだよね」
「条件って何だよ?」
アユムの問にミツキはにべもなく答える。
「知らないよ、でも僕も、リーベも、あと話を聞いたミナさんも伝え方的に悪夢に囚われた様子が無い、ここら辺は情報収集が必要だけど……気をつけてね」
「何が?」
突然の心配にアユムは首を傾げる。
「今考えてる仮説が正しいなら、君はどう考えてもその悪夢のイレギュラーだ、なんらかの対策が講じられてもおかしくはない、それと……」
ミツキは苦虫を噛み潰したかのような表情で吐き捨てる。
「相棒がヒーローを庇って死ぬ、劇的でヒロイックだろ?そういう展開、用意されたらアユムなら普通にやりかねないからさ」
今度はアユムが同じ表情をした。