ルール4《ランナウェイ・アンティルドーン》
ブギーマンの潜む夜の街を二人は犠牲者の救出の為に走り回った。
作戦はシンプルな三段構え。
身軽なアユムが先行して被害者を確保し足止め。
重量級武器を持つケイが退路を確保しつつ突入。
そして合流次第、アユムがブギーマンの動きを止め、ケイは防御を考えずブギーマンを切り刻み、逃げる。
ガソリンスタンドでの作戦会議で、真正面から戦えない、ブギーマンを殺すことはできないと思い悩むケイに対しアユムは喝破した。
「そもそもの勝利条件の認識ができてねえんだよテメーは」
明らかに自分より年下のアユムのその態度にケイは内心鼻白んだが、話を聞くにつれ認識を改めた。
結局の所、彼がずっと続けてきた事はブギーマンに狙われる人々の救出だ。
やることはブギーマンを足止めし、追ってこない内に逃げ出しセーフゾーンに逃げ込む、ただこれだけ。
全く対処できないのならば兎も角、ケイは既にブギーマンを一時的に足止めする切断という決定打を持ち、それを十分に扱うことが出来ている。
ならば、ブギーマンを殺せない事はさほど問題ではない。
ゲームで言うのであれば、ただ何度も湧く同じ敵を同じように倒す作業を繰り返すだけ。
それも一人でやっていた事が、今日からは二人になる。
そう、滔々と語るアユムにケイは只管に関心した。
確かにブギーマンは恐ろしい、捕まれば終わりだし、どこからでも出てくる。
だが、最も恐怖を抱いていた不死の怪物というフィルターを外してみると、ケイの手で何度も切り裂かれまんまと逃げられている敵でしかない。
まるでやりこんだホラーゲームがシュールなアクションゲームに変わってしまったかのような発想の転換だった。
それと同時に、ケイも覚悟を決め、自らの秘密をアユムに打ち明けた。
つい口を滑らせてしまった助けれる力についてだ。
「アユム君、僕はこの夜に囚われている人の場所が分かるんだ」
ケイは語った、最初にこの夜に来た時はただ追われるだけだった。
だが、夜を繰り返すにつれ自らに奇妙な感覚が備わっていることに気づいた。
嗅覚なのか直感なのか、何故か同じように襲われている人がどこにいるか方向が分かるのだと。
それに気づいたときは、そこに近づかないように逃げ回っていた。
だが、その度に味わう人の気配が消える感覚。
それは、誰かを見殺しにしたという鉛のような感情をケイに与え、いつしかそれはブギーマンに立ち向かう恐怖よりも更に深い恐怖に変わっていた。
「さっきは、ちょっとかっこつけた事を言ったけどね、実は僕なんて全然さ、それに……」
ケイは一瞬だけ言いよどみ、それでも言うべき言葉を吐き出した。
「今まで助けた人達の中に同じ感覚を持つ人は誰ひとり居なかった。僕だけが、この夜で特別な存在なんだ」
そう言い切ったケイにアユムは眉を潜める。
「そりゃあよ……」
アユムの言葉を遮り、ケイは続ける。
「僕にその理由に心当たりは無いんだ、ここに来るまでの記憶がないから、でも、これで毎夜続くこの悪夢みたいな事象に無関係な人間だとは思えない」
「もし、僕が原因だったなら、僕が消える事でこの夜が終わるなら、その時は……」
僕を殺してくれ
既に彼の声は独り言のように小さくなっていたが確かにそう言いきった。
アユムはその話を聞き、腕を組んだまま数十秒悩んだ末に、めんどくさそうに言葉を発した。
「お前いいヤツだから俺はやだ」
そう言うと立ち上がり、腰のネイルガンに釘の装填を始めた。
「うだうだ考えてるみてえだけど、今はとりあえず助けに行くんだろ?ならその後にしようぜ」
ケイはあっけにとられて、暫く呆然とアユムを見ていた。
その夜は恐怖の夜では無かった。
アユムが跳び、釘を射ち、ケイが走り、一閃する。
幾度となく、ブギーマンが転がされ、目的も果たせぬまま放置される。
『夜明けまで逃げ切れ』など知ったことかと『夜明けまで追いかけ回し』続けそれを繰り返す。
アユムなど指差して嘲笑していたし、ケイもそれにつられて微笑むほどだった。
大勢の人が集まったガソリンスタンドで、二人は遠くの地平に曙色のラインが引かれるのを見ていた。
「最初君を助けたときは、こんな事になるなんて思いもしなかった」
ケイは感慨深そうにそう、呟いた。
「油断すんな、今度の夜はまた強くなって来るんだろ?次は上手くいくか分かんねえよ」
そう言いながら、アユムは少しだけ口元が緩んでいた。
ケイが右の掌をアユムに差し出した。
「また頼むよ、相棒」
アユムが一瞬キョトンとして、右手を出すと、ケイはその手を自分から力強く掴み握手をした。
一本取られたと、アユムは破顔した。
「ああ、頼むぜ相棒」
日が昇り、二人の影を伸ばすように光が射す。
月が沈み夜明けが来た。